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正しい努力は報われる

正しい努力が成功の必要条件であることは、間違いないと思っている。

抜群の才能を持つ人が、大した努力なしに「成功」することがあるが、果たしてそれが本当の意味で成功と呼べるかどうかは疑問だ。才能を十分使えていなければ、むしろ失敗としていい。

たとえば、30年にひとりの逸材とされる人物が、3年にひとりクラスの成果を上げて終了したとき、果たして成功と言えるかどうか…才能と比して考えれば、とても成功とは呼べないと思う。つまり、才能があっても正しい努力をしなければ成功しない、ということだ。

今回は、正しい努力は報われる、という話をしたい。

目次

努力が才能を開花させる

正しい努力を積み重ねて成功したビートルズ

努力が才能を開花させ、成功という結果をもたらす。

たとえば、ビートルズは、成功を収めるまでに約1,200回のライブをこなしている。1,200回と聞いてピンとこない人も多いと思うが、全キャリアを通じても、1,200回以上ライブを行うバンドはほとんどない…という現実を知ると、そのすごさがわかると思う。

天才の名を欲しいままにしているモーツアルトは、6歳前までに3,500時間の厳しい練習を積んでいたとされる。音楽家の父親が彼の才能を見抜き、幼少のころから英才教育を施したことは有名な話だ。こうした努力があったからこそ、後に図抜けた才能が開花したのだ。

成功 = 才能の開花

ここでは、「成功=才能の開花」としたい

花が咲けば成功だ。どんな花が咲くのかは、本人の才能次第だ。上述の二例をみてもわかるように、才能が大きければ、時代を超えて人々を魅了する大輪の花を咲かせることができる。

さて、努力が成功の必要条件であることはわかるが、十分条件なのか?と尋ねられると、「YES」とは答えられない。努力には二通りあるからだ。正しい努力と、それ以外の努力だ。

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間違った努力をしても成功しない

間違った努力をしても成功しない。

あたり前だと思うかもしれないが、間違った努力をしている本人は、自分が「間違った努力をしている」とは考えていない。スポーツでいえば、練習用の努力をいくらやっても、あるレベルから上には行けない。「練習のための練習をしても上手くならない」と言われる所以だ。

前回の記事でこう書いた。

私は別のテーマでブログを書いていたことがあるのですが、とにかくアウトプット重視で、内容よりも記事数を増やすことを主に考えていました。しかしそのときは、100記事を超えたあたりで、それではあまり意味がない、ということがわかりました

出典:インプットとアウトプットの黄金比率

※アウトプットの量を重視しすぎて失敗した…という話だ。

これも間違った努力だったが、その過程では自分が「間違った努力をしている」とは考えていなかった。エジソン張りに「上手く行かない方法を学んだ(キリッ!)」としてもいいが、浅慮でそのようなことを繰り返していると、何も成し遂げられずに終了する可能性が大きくなってくる。

※時間は有限なので、早めに(努力の方向性の)間違いに気付くことが必要になる。

正しい努力へ修正できるかどうか

正しい努力へ修正できるかどうか…これが問題だ。

まずは、今行っている自分の努力が「正しいとは限らない」という前提で、それが正しいのかどうか、常にチェックする必要がある。アウトプットしてフィードバックを得る。そして、その内容を検討・分析してみることが必要になるのだ。

スポーツでいえば、練習した内容を試合で実践してみる、ということだ。

練習の成果がすぐに出るかどうかはわからないが(すぐには出ないことの方が多いだろう)、その練習の方向性が正しいのかどうかは、時間が経てばわかってくる。

考え修正しながら走ることが必要になる

質的・量的な分析の結果、「これは違う」、「正しい努力ではない」と思えば、「結果を出すために必要な練習とは何か?」、「正しい努力とは何か」を改めて考えてみればいい。

何も考えずに突っ走る…というのは好ましくない。このあたりの面倒なプロセスをキチンと踏めるかどうか…で、明暗がわかれる気がする。現状のやり方(努力の仕方)を維持したい…という、現状維持バイアスに逆らわなければいけないので、心理的にも面倒な作業になる。

※不断のチェックが必要になるのだろうと思う。

あの人は運がいいから成功した

成功するためには、幸運が必要だと考える人がいる。

たとえば、「あの人は運がいいから成功した」と考えると、自分の努力の至らなさを嘆く必要はなく、とても楽だ。なので、そう考えたい気持ちはよくわかる(笑)。しかし…だ。彼らは正しい努力をすることにより、運をある程度(自分に)有利にコントロールしているのだ

このことを「運の引き寄せ」と表現する人もいる。

正しい努力は運を引き寄せる

成功するためには、どうしても他人の力を借りる必要がある。

そうであれば、日頃から「あの人であれば、力を貸してもいい」と思ってくれる人が多ければ多いほど有利である。聞く耳をもたず、不遜で生意気な人物を助けようと思う人はいない。

そのことを(本当の意味で)知っていれば、日頃から謙虚にふるまうようになる。その結果、「運よく」チャンスをもらうという機会が増える(他人からみれば、運のいい人だ…となる)。謙虚な人間が努力をしていれば、チャンスを与えたくなる…人とはそういうものだろう。

これも、目的を達成するための正しい努力と言える。

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まとめ

今回は、正しい努力は報われる、という話をした。努力は、成功の必要条件である。

なので、努力しても成功しないことはあるが、努力しないと成功はない。ここまでは誰でも言うことだが、私はさらに、正しい努力は成功の十分条件に近いものだと考えている。

つまり、基本的には「正しい努力をすれば成功する」ということだ。自分のこれまでの人生を振り返って、自分のことを「成功しない」、「目標が達成できない」タイプだと思うのであれば、本当に「正しい努力をしたのか?」と自問してみるといい。おそらく答えは「ノー」だろう。

その時は正しいと思って努力していたかもしれないが、実際はズレた方向に進路をとっていたのである。そして、それに対する気づきや修正行動もなかった…ということだ。

突き詰めれば、問題は正しい努力へ修正できるかどうかだ。人(自分)は必ず間違う。それを前提に物事を考えられるか(自分のことになると、間違いを認めるのが難しくなる)、そして、間違いを素直に認め、サクッとかつ柔軟に修正できるかどうかだ。これは私自身の課題でもある。

※少なくとも、正しい努力をすれば、報われる可能性がグンと高くなるのだ。

今回の記事:「正しい努力は報われる」