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完璧主義は治した方がいい|完璧主義のデメリット5つ

私のことだが、昔は、かなりの完璧主義だったと思う。

以前にも書いたが、(仕事では)自分の仕事はもちろんだが、他人の仕事の細かいところまで厳しくチェックするので、同じチームのメンバーには、かなり煙たがられていたと思う。そのことについて薄々わかってはいたが、当時は人間関係よりも自分の完璧主義を優先していた。

今回は、完璧主義を治した方がいい、というテーマで書いてみたい。

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 目次

 完璧を目指すのがいいとは限らない

完璧

当時の私は、常に100点を目指していた。

そのときの私の理屈は、「神は細部に宿る」のだから、細かい部分についても、おろそかにしてはいけない。100点を目指しても、実際にはミスもあり、90~95点ぐらいになってしまう。なので、初めから90点を目指したら、80~85点になってしまうではないか。そうであれば、最初から100点を目指すべきだ、というものだった。

この理屈にも一理ある。100点を目指さなければ、高得点はとれない。90点を目指して100点とれる…ということはないのだ。100点を目指そうとすれば、ちょっとしたケアレスミスも許されなくなる。したがって、細かいところまでチェックする完璧主義にならざるを得ないのだ。

それでも今は、完璧主義は害が大きいと考えている。

たとえば、本当に100点を目指すことがいいことなのか…という問題がある。そのことによるマイナスもあるため、常に100点を目指せばいい…というものではないのだ。

 完璧主義を貫くと人間関係が悪くなる

完璧主義を貫くと、人間関係が悪くなることがある。

これは実体験に基づく教訓だ(笑)。個人で完結する仕事であれば完璧主義でも問題ないが、複数の人が参加するプロジェクトではそうはいかない。完璧主義者というのは、完璧なアウトプットを求める。そこは、個人の仕事であろうが、チームの仕事であろうがあまり関係ない。

それでもまだチームの中で下っ端であれば、自分に割り当てられた仕事を完璧にすることで自我を保つことができるが(不満は感じるが…)、チームの中心人物になるとそうはいかない。

チームとして出す成果物に完璧を求めるのだ。そうなると、大変なことになる。

 完璧主義を採用すると他人に厳しくなる

完璧主義を貫こうと思えば、自分の仕事に厳しいのはもちろんだが、他のメンバーの仕事にも厳しくならざるを得ない。自分がチームの中心人物である、ということは、その他のメンバーは自分より未熟なケースが多い。なので、彼(女)たちの仕事の甘さが目について仕方がない。

なので、いちいち細かくチェックを入れて、「ダメ出し」を繰り返すはめになるのだが、そういうことを(相手の気持ちを斟酌せずフォローもなしに)やっていると、確実に嫌われる。

相手に気配りをして丁寧に進めれば、嫌われることはないかもしれないが、こちらも相手の不完全な仕事ぶりにイライラしているので、そうもできない。※気持ちの余裕を持てないのだ。

そのうち、チームの人間関係がギスギスし出し悪くなる。

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 余計な仕事を抱え込んでしまう

また、余計な仕事を抱え込んでしまう、ということがある。

その理由だが、上述のように、人間関係が悪くなってしまうので、他のメンバーに助けを求めたくても求められなくなる、というのが一点。その結果、本来自分がやらなくてもいいような仕事まで抱え込んでしまう。このことは、自分で「詰み」に向かっているようなものだ(笑)。

自分がやらなくては気が済まなくなる、というのが二点目。

完璧主義者は、人よりも自分の方が質の高い仕事ができる…と考えている。部分的に見れば、実際そうであることは多いのだが…そのため、自分がやらなくては気が済まなくなってしまう。

誰かに任せてやらせたところで、質が低いのでやり直しになる。だったら、最初から自分がやった方が早いではないか…と考える。その結果、これまた、本来自分がやらなくてもいいような仕事まで抱え込んでしまうのである。※これは、経験の浅い管理職がやりがちなミスでもある。

そんなこんなで、完璧主義者は、余計な仕事を抱えがちになるのだ。

 完璧主義は費用対効果に問題がある

完璧主義は、「費用対効果」に問題がある。

80点を90点にするよりも、90点を100点にする方がかなり大変だ。

同じ10点でも、かかるコストが全く違う。100点にするためには、ミスが全く許されない。ケアレスミスひとつあってもダメなのだ。なので、ダブルチェックは当然としても、トリプルチェック以上が必要になることもよくある。何度もチェックする作業は、精神的にも大変だ。

つまり、完璧を目指せば、かかるコストが膨大になるのだ

完璧を目指せば目指すほど、かかるコストが指数関数的に増える、というイメージだ。はたして、そのコストに見合うだけのリターンがあるのだろうか?ほとんどのケースでは、ないだろう。

 肉体・メンタルに悪影響を及ぼす

完璧主義は、心身に悪影響を及ぼす。

上述したように、人間関係がギクシャクし、余計な仕事を抱え込んでしまうような状態になってしまうと、肉体やメンタルに負担がかかるようになる。肉体やメンタルが不調になると、パフォーマンスに負の影響が出るが、完璧主義者は(完璧主義ゆえに)それを容認しない。

完璧主義者が、「理想」と「実際のパフォーマンス」の間のギャップが広がるような状況の中で仕事をするのはつらい。精神を病みやすい状態だと言っていいだろう。そんなとき、オール・オア・ナッシングの傾向が強い完璧主義者は、仕事を投げ出したくなるので注意が必要だ。

完璧主義が、自分を追い詰めることになるのだ。

 無駄にリソースを使っている可能性がある

完璧主義者は、無駄にリソースを使っている可能性がある。

以前私は同僚に、チームで使う機材の配線をするよう指示したことがある。

テスト用の機材で、1週間もすれば引き取られるものだ。なので、そのまま普通に(ケーブルが見える形で)配線してもらえればよかった。※そうすることを期待していた。

私がこのあたりの背景をキチンと説明して指示すればよかったのだが、そうしなかったために誤解が生じた。彼は、床のパネルを一枚一枚工具を使ってはがし、その下にケーブルを敷設し、外から見えない完璧な配線をしたのだ。※長く使うのであれば、それでいいのだが…

これは私の指示のミスである。私に非があるのだが、もし彼が、「何のための機材ですか?」「いつまで使いますか?」と私に質問していれば、無駄に完璧な作業をすることはなかっただろう(返すときにまた、床のパネルをはがすはめになった…)。

 無駄に完璧な作業をしても意味がない

このエピソードから伝えたいのは、完璧主義者は、無駄に完璧な作業をしている可能性がある、ということだ。

崖に向かって全力で走れば、崖から落ちてしまう。間違った方向に全力で走ることは愚かなことだ。すなわち、この仕事にどこまでリソースを使うべきなのか、を常に魚の目、鷹の目で評価する必要があるのだ。※崖に向かって完璧な走りをしても、意味がないのだ(笑)。

無駄なことにリソースを使っていた…と気づいたときの疲労感・徒労感は半端なく大きい…無駄に完璧な仕事をしたことのある人は、この気持ちがわかるだろう。

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 まとめ

私は完璧主義は害が大きいので、治した方がいい、と考える。

理由は、以下の五点だ。

1)完璧主義を貫くと人間関係が悪くなる
2)余計な仕事を抱え込んでしまう
3)完璧主義は費用対効果に問題がある
4)肉体・メンタルに悪影響を及ぼす
5)無駄にリソースを使っている可能性がある

特に、チームワークが必要な仕事において、悪影響が大きく出る。そのため、「労力をかけた割には得るものが少ない…」という残念な事態になりかねない。もし、あなたがチームリーダーであれば、その責任を問われることになるだろう。

※完璧主義を治すと、これらのデメリットがなくなることから、気持ちに余裕を持てるようになり、逆にいい仕事ができる、ということもある。

もし、「劇薬」の完璧主義を上手く利用したいなら、限定的に使うことだ。

本当に価値のある部分を見極めて、投入するリソースに見合うだけのリターンがある、と確信した場合は、完璧主義を発動させてもいいだろう。その際も、節目節目でその評価に変わりがないかチェックしたい。チームの仕事であれば、人間関係にも留意する必要がある。