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不器用な生き方をやめたい

無駄なプライドは捨てた方がいいんじゃない?

つらいときしんどいときの過ごし方で未来が決まる

人生の法則!らしい

私は「つらいとき」、「しんどいとき」の過ごし方で、その後が決まると考えている。

たとえば、会社員であれば、多かれ少なかれ、会社で冷や飯を食わされること(時期)がある。そのときに腐ってしまうのか、力を蓄える時期にするのか…この選択の違いで、その後の展開が大きく変わるということだ。※腐ってしまえば、その会社での将来は暗いものになるだろう。

今回は、つらいとき・しんどいときの過ごし方について書いてみたい。

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 心身のダメージを深刻に受け止めない

つらく厳しい状態におかれれば、まず心が病む。そして、身体に影響が出てくる。

たとえば、外部環境の変化などで、ビジネスの先行きに大きな不安が生じたとき、資金繰りが厳しくなったとき、会社員であれば、大きな失敗をやらかしたとき、事実上左遷されたとき、同期はもちろん、後輩にも頭を越されたとき…メンタルに相当なダメージを受けるだろう。

・上司と部下の関係が一夜で逆転!

私が会社で実際に目の当たりにしたことだが…私が所属する部署には、40代の上司と20代の部下がいた。その関係は数年続いていたと思うが、その後の異動で、突然ひっくり返ったのだ。つまり、20代の部下が上司になり、40代の上司が(20代の元部下の)部下になったのだ。これは、中小企業ではなく大企業での話だ。

(私は)このような人事をするときは、40代の上司を他部署に異動させて、20代の部下を昇格させるのが普通だと思っていたので、この人事に仰天した。一夜にして上司・部下の関係がひっくり返ったのだ…その40代の元上司が受けた衝撃(ダメージ)は、はかりしれないものだっただろう。

だが、その40代の元上司は、明るく気丈な人で、屈辱的ともいえる降格人事をネタにする強さがあった。私はその人とどのように接していいのかわからなかったのだが、明るく振舞ってくれたおかげで、腫れ物に触るような対応をせずにすんだ。その40代の元上司が、内心どう思っていたのかはわからないが(相当きつかったと思う)、このように、心身のダメージを深刻に受け止めないとする気持ちが大事なのだ。

・「Take it easy」というフレーズ

よく英語圏の外国人が、「Take it easy」というフレーズを使う。

彼らにこういう問題があって悩んでいる…と相談すると、必ずと言っていいほど、「Take it easy」というフレーズを使う。言われたときは、他人事だと思っているからそんなお気楽なことが言えるのだ…と思ったりしたが、よく考えると、「Take it easy」という精神は必要なのだ。心身のダメージを深刻に受け止めても、いいことはないのだ。

 自分を被害者だと考えない

自分を被害者だと考えても、いいことはない。

もしかすると、自分のつらい状況というのは、他人のせいかもしれないし、自分の力の及ばない外部環境のせいかもしれない。だからといって、自分を被害者だと考えても、何一ついいことはないのだ。

そもそも大抵の場合は、(自分の状況は)自分の責任だ。過去における自分の努力・選択が、今の自分の状況を作っているのだ。他人のせいでこうなった…という場合でも、自分がその人物とどう付き合った(向き合った)のか…とよく考えてみると、反省すべき点も多々あることがわかる。したがって、自分は被害者ではない。被害者意識を持つことは、今後にとって何のプラスにも働かない。もし、それを持っているのであれば、サラリと捨てることだ。

※他者のせいにしても、プラスになることはない。

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 ひとりで背負い込まない

困難をひとりで背負い込んではいけない。

責任感の強い人や不要なプライドを持っている人にありがちだが、困難をひとりで背負い込んだり、弱みを見せまいとして、隠してしまうことがある。責任感の強い人は、「他者に心配をかけたくない」という気持ちから背負い込み、不要なプライドを持っている人は、「弱みをみせたくない(強がり)」、「恥ずかしい」という気持ちから、困難をひとりで背負い込む。

しかし、困難は他者と分かち合った方がいい。

ビジネスであれば、仲間と困難を分かち合おう。ひとりの知恵では、困難を乗り切ることはできない。同じ情報を与えられていれば、集団の中で最も賢い人の判断よりも、集団による判断の方が勝るそうだ。問題解決においては、ひとつの脳よりも、複数の脳を使った方がいいということだと思う。※異なる視点で解決策を考えたり、それぞれの人脈を使えたりするからだろう。

 長い目で見る

人間万事塞翁が馬」という故事があることをご存じだと思う。

この故事には、目先の出来事に一喜一憂してはいけない、という教えが含まれている。世の中の事象には、なかなか「絶対」というものはないが、外部環境の変化は「絶対に」ある。あなたを取り巻く状況は、時間とともに必ず変化するのだ。

その変化を「海面のうねり」としよう。あなたはうねりに乗って上がることもあれば、下がることもある。下がれば上がるし、上がれば下がるのだ。※平均への回帰がある。

なので、下がったからと言って、悲観する必要はない。下がれば上がるのだ

大事なのは、自身の位置を時系列でプロットしたときの「回帰直線」を、右肩上がりにすることだ。そのためには、1)上がったときに大きく上がる、2)下がったときに小さく下がる、ことが大事だ。実は1)と2)は連動している。下がったときの下げ幅を小さくしておけば、上がる波で大きく上がれるのだ。※谷深ければ山高し、にはならない。

このあたりのメカニズムを、長い目で理解しておく必要がある。

 最善手を打つ

苦しいときは、最善手が打てなくなる。

これにはいくつか理由がある。ひとつは、精神的に余裕がなくなるため、気持ちばかり焦り、視野が狭くなる…また、「ダメだ、ダメだ」とネガティブ思考になり、頭が回らなくなってしまう。その結果、最善手が見えなくなる、というものだ。

もうひとつは、もはや打つ手がないと悲観的になってしまい、思考停止のような状態になってしまうものだ。この状況下では、自分を信じることができなくなり、自分の能力を疑うようになってしまう。このような状態では、最善手を打つことはできない。

そんなときは、「打つ手は必ずある」と考えた方がいい

「ダメだ」とか「打つ手がない」などのネガティブ思考は、頭の中から排除することだ。私は何か失敗をしたときに、「しまった」、「バカなことをした」と思うが、すぐに切り替えて、「これはチャレンジだ」、「必ず打つ手がある」と考えるようにしている。そう考えると、そこに思考が集中して、頭が回りだすのだ。そのときには、ネガティブな思いは、(自然と)頭の中から排除されている。困難は、自分に課されたチャレンジだと思い、最善手を模索してほしい

 まとめ

今回は、つらいとき・しんどいときの過ごし方で、その後が変わる…という話をした。

今回の記事で書いたそんなときの過ごし方だが、1)心身のダメージを深刻に受け止めない、2)自分を被害者だと考えない、3)ひとりで背負い込まない、4)長い目でみる、5)最善手を打つ、の5つだ。心身のダメージを最小限に抑えつつ、将来を見据えながら冷静に打つべき手を打つ…ということだ。

相場であれば、「谷深ければ山高し」ということがあるが(何もしなくても自然にそうなる…ということ)、人生の場合はそう上手くはいかない。主体的なアクションが必要だ。下がれば上がる、ということを信じつつ、腐らず正しい努力を続けることが大事なのだ。