不器用な生き方をやめたい

無駄なプライドは捨てた方がいいんじゃない?

自分の性格を変えたい|性格も変えることができる

「嫌われる勇気」を読んだ感想の続きです。

前回は、「人は変わることができる」というテーマについて書いた。そこでは、目的から考えるアプローチをとることで、人は変わりやすくなる、という話をした。

「目的」は、自分で自由に変えることができることができるため、過去の出来事(原因)との因果律から離れることができる。よって、過去に縛られることなく変わることができる、というロジックだ。※目的志向は、現在と未来を大事にするアプローチでもある。

今回は、「性格も変えることができる」というテーマで書いてみたい。

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性格は変わらない

性格は変わらない…とする意見がある。

研究者いわく、「ヒトの性格は、思春期の前半に大きな変化を見せるが、30~35才を過ぎたころから変わらなくなっていく。まったく変化がないわけではないが、一生のスパンから見れば、非常に微々たるものだ。基本的にヒトの性格は不変で一貫している。35才や40才のときの性格は、90才になっても同じはずだ」とのこと。
出典:【研究結果】中年になると性格は治らない事が判明!

研究者によると、中年以降の性格の変化は微々たるもの…だそうだ。

性格の遺伝の要素が強い部分では、40~50%が遺伝によるもので、生まれつきのものだそうだ。しかし、半分が遺伝により決まり不変である、としても、残りの半分は、変えることができそうだ。※なので、変えることのできる余地はかなりありそうだ。

内向的・外向的という大きな括りは、生まれつき決まっているとしても、それぞれの大枠の中で、レベルを変えることはできると思う。大枠を変えることはむずかしいと思うし、変える必要もないと思う。その部分は、持っているものを活かす、という発想をした方がいいだろう

※性格は生まれつきだから、変えられない…と思ったら、変えられない。

性格はライフスタイルである

哲人(哲学者)は、性格はライフスタイルである、としている。

ライフスタイルというのは、その人の思想や行動の傾向であり、その人の「意味づけのあり方を集約させた概念」である、としている。※人は出来事に対し、固有の意味づけをしている。

これだけではわかりにくいので、具体的な例を挙げてみよう。たとえば、同じ出来事に遭遇しても、人により解釈や行動が違う…ということがある。※それは、普通にあることだ。

これは私が実際に目撃したことだが、あるレストランで客がウエイトレスに水をこぼされた。

その男性客は、即座に大声を出してウエイトレスを怒鳴りつけた。私は反射的に怒鳴りつけたように感じた。現場には、私も含めてそこそこ客がいたのだが、(怒声にあまりにも迫力があったので)その場は時が止まったかのように凍り付いてしまった。

粗相をしたウエイトレスはその場で固まってしまったが、しばらくして、マネージャーのような人が、その男性を別室に連れて行った。その後どうなったのかは不明だ(男性は戻ってこなかった)。※同じようなエピソードが本書にもある。それで思い出したのだ(笑)。

ウエイトレスに水をこぼされたとき、このように烈火のごとく怒る人もいれば、「ミスは誰にでもあるので仕方がない…」という寛容な態度をとる人もいる。その中間の人もいるだろう。

これは、ライフスタイルの違い、ということになる。

・性格は自分で選択するもの

哲人は、ライフスタイルは自分で選択するものだ、と主張する。

もちろん性格は、上で述べたように遺伝的な要素もあるし、成長過程の外部環境に影響を受けて形成される、ということがある。必ずしも、自分で選択したわけではない…ということだ。

それでも哲人は、ライフスタイルは自分で選択するものだ、と主張する。自分で選択するものであれば、選択を変えることにより、ライフスタイル(性格)も変えることができる…というロジックだ。ここまで読んで、この哲人の主張は、蒸気で汚れを浮かすことに似ている…と思った。

こびりついた汚れというのは、そのままではなかなか落ちない。頑固な汚れは、こすっても思うように落ちないのだが、高熱の蒸気をあて汚れを浮かせると、簡単に落ちるようになる。哲人の考え方に立つ、ということは、「蒸気をあて汚れを浮かせる」ということだ。

※「汚れ」というのは、「変われない」という思い込みに相当する。

なので、凝り固まった考え方をほぐすことになるのだ。

・現状維持が楽だから変われない

哲人は、現状維持が楽だから変われない、と主張する。

自分の性格が嫌だ…と思って、「変えたい」と思っても、変わらない方が(乗り慣れた車に乗るように)楽だから、「変わらない」という不断の決心を繰り返している…ということだ。

このことは、目新しい考え方ではない。「現状維持バイアス」というものだ。

現状を維持したいという気持ちは、誰にでもある。現状に不満はあっても、その程度の不満は、何をどう変えても常に存在するものなので、わざわざ(現状を変えて)未知のカオスに飛び込む必要はない…とする気持ちだ。したがって、自分の現状をそこそこだと思っている人や(安定志向が強くなり)チャレンジ精神を失った人には、このバイアスが強く働く。
また、自分の現状を変えたいと思っている人にも、現状維持バイアスは働く。現状を変えることには、リスクがあるからだ。漠とした心配や不安、現状より悪くなるのではないか…という恐れも当然ある。この恐れやリスクを上回る気持ちがなければ、現状維持バイアスを乗り越えることができない。
出典:あなたが現状を変えられない理由

自分の性格が嫌だ…と思って、「変えたい」と思っても、漠とした心配や不安、変えることで、現状より悪くなるのではないか、自分らしさが失われるのではないか…という恐れがあるため、躊躇してしまうのだ。※変化に不安や心配、恐れはつきものだ。

現状維持バイアスに目新しさはないものの、自分で「変わらない」という不断の決心を繰り返している…という切り口が、ポイントだろうか。※不断の選択、としてもいいだろう。

そうか、自分の性格を変えたいと思っているつもりだけど、自分はそれに反する決心を不断に行っているのか…では、その決心をやめればいいのだな、という気づきが生じるかもしれない。

※思考の変化で、性格を変えやすくなれる、ということだ。

変えるためには勇気が必要

哲人は、変えるためには勇気が必要だ、と主張する。

アドラー心理学とは、勇気の心理学だそうだ。

先に、変えることには、漠とした心配や不安、変えることで、現状より悪くなるのではないか、自分らしさが失われるのではないか…という恐れがある、と書いたが、それを乗り越えるためには勇気が必要だ、とすれば、それで終わってしまうような気もする(笑)。

もう少し言うと、その勇気とは、現在の選択をやめる勇気(現状維持バイアスを乗り越える勇気)と、新しい選択をする勇気、ということになるのだろうと思う。

この「勇気」というのは、本書のキーワードだと思うが、正直今ひとつピンとこない。言葉以上のふくらみを、感じることができないのだ。私の読み方が甘いのかもしれないが…

後に機会があれば、勇気についてもう少し深く考えてみたい。

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自分の性格を変えるためには…

哲人は、性格を変えるためには、勇気を持って選択を変えればいい…とする。

以下のような言葉がある。

「心が変われば行動が変わる 行動が変われば習慣が変わる 習慣が変われば人格が変わる 人格が変われば運命が変わる」

 

「心が変われば態度が変わる 態度が変われば行動が変わる 行動が変われば習慣が変わる 習慣が変われば人格が変わる 人格が変われば運命が変わる 運命が変われば人生が変わる」
出典:レファレンス協同データベース

マザーテレサの名言にも、同様のフレーズがある。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

「性格が変わる」に相当する部分は、それぞれ、 「習慣が変われば人格が変わる」、「習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから」という部分だろう。

であれば、習慣を変えればいいのだ。

習慣を変えるためには、行動を変える必要があり、行動を変えるためには、心(思考)を変える必要があるそうだ。この心を変える手段として、アドラー心理学を利用したらどうだろうか。

具体的には、先に述べたように、自分の不断の選択により現在の性格があり、その選択を変えることにより、現在(将来)の性格を変えることができるのだから、(変えることによる心配や不安はあるけれど)勇気を持って今から選択を変えてみよう…ということになる。

性格を変えたければ、今この瞬間から選択を変えればいいのだ