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不器用な生き方をやめたい

無駄なプライドは捨てた方がいいんじゃない?

負けず嫌いの長所と短所|負けず嫌いを活かす方法があります

あなたは負けず嫌いだろうか。

負けず嫌いには長所と短所があり、長所を活かすことのできる負けず嫌いの人は、成果を出すことができ、短所に引っかかるタイプの人は、思うような成果を出すことができない。

※なので、負けず嫌い自体は、良いとも悪いとも一概には言えない。

今回は、負けず嫌いの長所と短所および活かす方法について書く。

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 負けず嫌いの長所

「負けず嫌い」には、長所がある。

ひとつは、負けず嫌いは向上心に結びつく、ということだ。

「~に負けたくない」という思いから、自分を高めようとする意識が生じる。

「~に負けたくないので、必死で努力しました」という話を耳にすることがある。その結果、成功したから、そのような話が表に出てくるのだ。※これは、結果を出した人の発言だ。

ただし、「~に」という部分が問題になる。

そこにライバルの名前が入るようだと、成功は限定的なものになるような気がする(詳しくは短所のところで述べる)。「自分に」ということであれば、成功が持続するだろう。

※「誰に負けたくないのか」が問題になる。

・負けず嫌いはエネルギーになる

「負けず嫌い」という感情は、人を動かすエネルギーになる。

以下は、「自己嫌悪」について書いた記述だが、

あなたが自己嫌悪を感じた時の心中を思い出してください。後悔のほかに、葛藤があるはずです。このままではダメだ…という焦りのような感情でしょうか。この感情をうまく利用すれば、人が動くための「燃料」になります。同じ失敗を繰り返さないようにするためには、どうすればいいのか?何を修正すればいいのか?今後どんな行動をとればいいのか?
出典:自己嫌悪を克服する3つの考え方

自己嫌悪のようなネガティブな感情でも、エネルギーになり得る。

「負けず嫌い」にも、ネガティブな響きがあるが、エネルギーという点から考えると、ポジティブ・ネガティブは関係なく(ただの符号にすぎず)、エネルギーになり得るのだ。感情の振れによる(通常レベルからの)乖離が、人を動かすエネルギーになる、ということだ。

なので、「負けず嫌い」という感情は、人を動かすエネルギーになるのだ。

・無尽蔵のエネルギーになる

「負けず嫌い」は、無尽蔵のエネルギーになり得る。

負けず嫌いの人が、負けず嫌いの灯を消す…ということはない。生得的な性格に根差すものだからだろうか…とにかく、「負けず嫌い」は、無尽蔵のエネルギーになり得るのだ。

したがって、このエネルギーを上手に使えば、必然的に成果を出しやすくなる。どの道を選んでも、成功しやすくなるのだ。努力を努力と感じず、継続的に努力できるためだ。

※なので、このエネルギーを効果的に使うことを考えたい。 

 負けず嫌いの有名人

負けず嫌いの有名人…で思い浮かぶのは、手塚治虫だ。

若手のマンガ家に会うと必ず「私はキミと同じタッチで絵が書けるんだゾ」と、自分から議論を挑んできたのだそうです。'神様'としてのたしなめではなく、本人は至ってまじめだったといいます。
まるで子供!究極の負けず嫌い!新しい作風やアイデアがいつも気になっていて、マンガ界のトップに立ってもまだ、「進化を続けよう、腕を磨いていくぞ」というわけです。
出典:「鉄腕アトム」の生みの親、手塚治虫氏は負けず嫌いだった

手塚さんは、若手のマンガ家を常に意識し、動向をチェックしていたそうだ。若手の漫画家に自分から絡んでいく(議論を挑む)というのは、負けたくない…という思いがあるからだろう。

また、アスリートには、負けず嫌いの人が多い。

スポーツで成功しているアスリートの多くは、負けず嫌いが多い。それはスポーツの時だけに限らず、トランプでもじゃんけんでも、どんなものでもとにかく負けたくない。そんな性格をしている。
出典:負けず嫌いも良し悪し

成功しているアスリートの多くが、負けず嫌いだそうだ。自分が取り組む競技だけではなく、どんなことでも(たとえ娯楽のゲームでも)負けたくない…という気持ちが強い。

頭脳アスリートである将棋の棋士にも、負けず嫌いの人は多い。

「とにかく負けず嫌いで、負けた将棋では感想戦をしないで席を立ったこともありました。さすがに周囲からいさめられて感想戦に応じるようになりましたが」
出典:羽生善治VS渡辺明、将棋界「新ライバル戦記」

これは、渡辺明さんの若かりし頃のエピソードだ。感想戦をしないで席を立つ…というのは、「負けたことが悔しいから…」と考えるのが自然だ。負けて頭に血がのぼったのかもしれない。

※将棋では、勝敗にかかわらず、感想戦をするのが普通だ。

森内さんは棋風も日常の感じもほとんど変わらない。まあ、棋風というのあ人生観みたいなものですから、そんなに変われるものではありませんけど。たまにですが、マージャンを打ちます。相当に負けず嫌いなのは打っていてわかります。
出典:故・村山聖九段が語る羽生善治名人と森内俊之九段

こちらは、森内俊之さんのエピソード。

「どんなものでも負けたくない」という気質が、出ているように思う。

この森内さんが、「自分よりも負けず嫌いだ」と評するのが、羽生善治さんだ。ここで述べた、渡辺、森内、羽生さんは、いずれも永世称号を獲得しているトップ棋士だ。こう考えると、勝負の世界でトップに立つには、「負けず嫌い」が必要条件ではないか…とすら思えてくる。

※勝負の世界に身を置く人は、負けず嫌いの人が多い。

 負けず嫌いの短所

「負けず嫌い」には、短所もある。

まずは、他人との比較の中で生きる、という罠にかかりやすいこと。

自己肯定できずに自信がない。自分の中に確固たる「よりどころ」がないので、他人をものさしにする。いわば、他人との比較の中で生きている人だ。自分の欠点や短所に目が行きやすく、同様に、他人の欠点や短所にも目が行きやすい。そして、他人を叩くことで、自分を上げるしかないので、他人を(ある意味)敵視することが多くなってしまう。※自分も他人も嫌いになりやすく、他人を叩くことで、自尊心を補おうとする傾向がある。 
出典:嫌味な人の心理と対処法

他人との比較の中で生きると、正直ロクなことにならない。

他人を叩くことで、自分を上げようとするインセンティブが働きやすくなり、 他人を敵視することが多くなってしまうのだ。さらに、そんな自分は嫌いだ…と自己嫌悪がついてくる場合もある。

※人間関係がギスギスして、生きにくい感じになってしまう。

・やっかいな人物だ…とみられることも

他人を敵視すると、相手からも敵視されるようになる。

また、他人の心からのアドバイスも、素直に聞くことができないだろう。

※裏を勘ぐったりする。

聞く耳を持たず、意地っ張りで他者を尊重しない、ああ言えばこう言う…さらに、勝ったら勝ち誇り、負けたら拗ねる、嫉妬する…では、「やっかいな人だ…」と思われても仕方ないだろう。

※負けず嫌いで「白黒つけないと気が済まない…」という気質もやっかいだ。

そのうち、腫物にさわるような扱いになるかもしれない。

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 負けず嫌いを活かすためには

では、負けず嫌いを活かすためには、どのようにすればいいのだろうか。

負けず嫌いの長所のところで、「~に負けたくない」の「~」に、(負けたくない)ライバルの名前が入るようだと、成功は限定的なものになるような気がする、と書いた。

ライバルの名前を入れることにより、そのライバルに勝ったら勝ち誇り、負けたら拗ねる、嫉妬する…ということが起こりやすくなってしまうのだ。※優越感と劣等感を持ちやすくなる。

※人である以上、ある程度はやむを得ないことかもしれないが。

・自分に負けたくないとする

なので、ここを「自分に負けたくない」とすることだ。

「過去の自分に負けたくない」、「自分の弱い気持ちに負けたくない」などとする。

※よくわかっているアスリートが、そのような発言をすることがある。

われわれが歩くのは、誰かと競争するためではない。いまの自分よりも前に進もうとすることにこそ、価値があるのです。
出典:「嫌われる勇気」, 岸見 一郎, 古賀 史健 p.93

競って上にのぼる…というイメージではなく、平面を歩く…というイメージだ。

そして、誰かが自分の前にいても、後ろにいても、追い抜いても、追い抜かれても、そのことに関心を向けるのではなく、もっと自分の歩みに関心を持とう、集中しよう…ということだ。

※自分が前に進むことに価値がある。

・仲間意識を持つ

まわりの人とは、仲間意識を持ちたい。

自分の前後にいる人は、同じ時代を生きる仲間だと思えばいいのだ。

他人の不幸を喜び、他人の幸福に落胆したり嫉妬する人がいるが、他人の不幸で自分が勝ったと思い、他人の幸福で自分が負けた…と思うからだ。このような意識を持つ「負けず嫌い」ではダメで、もしあなたにそのような感覚があれば、あなたの負けず嫌いは良い方向に機能しない。

逆に、他人の幸福を素直に認めて祝福できる人の負けず嫌いは、機能するだろう。

※他者の不幸は自分の勝ちではないし、幸福は自分の負けではないのだ。

 まとめ

今回は、負けず嫌いの長所と短所およびそれを活かす方法について書いた。

負けず嫌いの気質を持っていることは、ある意味ラッキーなことだ。負けたくないという気持ちが、無尽蔵のエネルギーになる可能性があるためだ。そうするためには、「自分に負けたくない」をメインにすることだ。「誰々に負けたくない」という気持ちはあってもいいが、それがメインになってはいけない。そうすると心が乱れ、自分の歩みに集中できなくなってしまうためだ。

※相手の動向を気にするあまり、主体性を失うことになる。

先に述べた手塚さんにしても、売れている若手のマンガ家たちに負けたくない…という気持ちはあったと思うが、彼らを敵視していたわけではなく、仲間だと思っていたはずだ(敵だと思えば、自分から話しかけたりしないだろう)。そして、自分の歩みに集中していたはずだ。

そうすることで、創作の意欲を持ち続けることができたのだろうと思う。