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高校野球名勝負|奇跡のバックホームを外せない

時事書評・スポーツ

あなたは、「高校野球の名勝負は?」と問われると、どの試合を思い出すだろうか。

98年準々決勝、横浜とPL学園の試合、06年決勝(再試合も含む)、早実駒大苫小牧、もっと古いところでは、79年3回戦、箕島と星稜の名勝負を挙げる人がいるだろう。

だが、この名勝負を忘れてはいけない。

それは、96年の第78回全国高校野球選手権大会決勝、松山商と熊本工の名勝負だ。

今回は、奇跡のバックホームで有名な、この名勝負について書いてみたい。

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 目次

 公立名門古豪対決になる

このカードは、公立の名門古豪校同士の対決であった。

以下は、近年までのデータになるが…

2013年現在でセンバツ20回、夏20回の計40回の甲子園出場を誇り、これは熊本県内の高校の中では、ダントツの甲子園出場回数となる。甲子園春夏通算勝敗は45勝40敗(春夏通算の甲子園出場回数、勝星数、秋の九州大会優勝回数はすべて九州No.1の好成績)で、夏準優勝3回・ベスト4が5回。
出典:ウィキペディア

九州の勇である熊本工業と

甲子園通算80勝(全国優勝7回)を挙げている。2014年現在の春夏の成績の内訳は、夏の選手権大会で60勝(出場26回、全国優勝5回、全国準優勝3回、勝利数全国2位)、春の選抜大会で20勝(出場16回、全国優勝2回、全国準優勝1回、勝利数全国20位)。特に夏の選手権大会で強さを発揮してきたことから「夏将軍」と呼ばれている。
出典:ウィキペディア

夏の強さから、「夏将軍」という異名をとる松山商業という屈指の好カードだった。

両チームに目立つ選手はいなかったが、カードの良さにひかれてみた、という人が多いのではないだろうか。熱心な高校野球ファンにとっては、食指が動く好カードだったのだ。

両校のユニフォームをみるだけで、ワクワクするのだ(笑)。

 9回裏、土壇場でドラマが起こる

試合は、接戦の好ゲームで、3-2松山商リードのまま9回裏まで進む。

9回裏、熊本工の最後の攻撃。1点返さなければ、試合終了…という場面だ。

4番西本から始まった攻撃は、その西本が見逃し三振に倒れる、代打の2年生松村も空振り三振に倒れる。熊本工は二者連続三振を喫し、後がなくなってしまう。土壇場に追い込まれたのだ

※両者とも左バッター。

※西本はフルカウントから、微妙な球を見送って見送り三振に倒れる(どちらにもとれるような、厳しいコースの球だった)。甲子園初打席の松村は、ストレートにタイミングが合わず三振。

ツーアウトランナー無し。流れは完全に松山商業だ。球場の大歓声が、ピッチャーの新田を後押しする。応援団からは手拍子が鳴りやまない。この状況で、6番1年生の澤村が右打席に入る。

※左(三振) ⇒ 左(三振) ⇒ 右

球場の雰囲気に呑まれてもおかしくない状況だ。

新田が振りかぶって投げた球は、松村を三振にきってとった球とよく似た、真ん中やや高めのストレート。おそらく澤村はストレートを狙っていたのだろう、迷わずバットを一閃する。ライナー性の打球が伸びる。

そして、左翼ポールを巻く起死回生の同点ホームランになる。

新田はマウンドでがっくり両ひざをつき、熊本工のベンチは敗戦ムードから一転、大騒ぎだ。勝利の女神が、1年生の澤村をヒーローとして選んだのか…と思わせるシーンだった。澤村のまわりの雰囲気に呑まれない集中力と、状況を一変させる外連味のないスイングが素晴らしかったのだ。

※澤村にとっては、これが最後の甲子園での試合であった。

松山商業の布石

松山商業はこのとき、澤村が3塁ベースを踏んでいないのではないか…とアピールをしている。しかも、二度アピールをしているのだ。私は、このプレーが奇跡の布石になったと思っている。※後述する。

次のバッターの打球は、コース的にヒット性の当たりだったが、松山商らしく堅守のショートがうまくさばき、サヨナラのランナーを出すことを許さなかった。

さぁ、高校野球史に残る延長戦が始まる。

 10回表、松山商業は意気消沈する

熊本工は、8、9回と得点し、ペースを握っている。

特に、9回の起死回生の劇的な同点ホームランで、気分的にも高揚し、この試合「勝てる」と思ったはずだ。一方の松山商業は、1回に3点入れたが、その後は0が続く。重苦しい中で耐え、9回裏二死ランナー無しまで詰めたところで、一気に押しもどされ、気分的にも落ちたはずだ。

※「やり直し」なので、気持ちの切り替えがとてもむずかしい場面だ。

松山商業の観客やチアリーダーの中には、涙している生徒もいた。(´;ω;`)ウッ…

10回表、松山商業の攻撃は、4番の渡部から始まる。

外角の球を上手く右に打つが、ライナーが野手の正面をついて1アウト。5番キャッチャーの石丸は、平凡なライトフライ、6番の向井は、右に打ってライト前ヒット、7番の久米は、外角のストレートを見送って三振に倒れる。ランナーは出したが、熊本工ペースは変わっていない。

※最後は渾身のストレートで、三振にとっている。

 10回裏、熊本工業サヨナラ勝ちか…

熊本工の攻撃。8番の星子から始まる打順だ。

星子はここまで三打数二安打。新田にタイミングが合っている。

フルカウントから左中間に打球を飛ばし、ノーアウトランナー二塁の状況を作る。

※野手が回り込んで抜けなかったが、余裕の二塁打であった。ウィキペディアによると、星子は50メートルを5秒9で走る、俊足だったそうだ。確かにこの二塁打の走塁は、そんな感じだった。

[ 新田交代…天を仰ぐ ]

ここで、松山商業が動く。投手を新田から背番号1の渡部に変えたのだ

9番投手の園村は、最初のストライクを三塁側にバントし、ランナーを三塁に進める。これで1アウト三塁だ。ランナーが三塁に進めば、ボークやワイルドピッチなどでも点が入ることになる。

当然、犠牲フライでも得点できる場面だ。

[ 満塁策をとる ]

このサヨナラのピンチで松山商業は、満塁策をとる

これは「ある」作戦だ。満塁策をとれば、内野ゴロでダブルプレーを狙えたり、フォースプレーで、アウトをとりやすくなるためだ。ライナー捕球で、ダブルプレーということも考えられる。

※その代わり、塁が詰まるので、四死球でも得点される…というリスクはある。

しかし、1番、2番を歩かせて、3番勝負ということになった。

※熊本工のベンチは、敬遠で満塁策をとる、という相手の作戦が明らかになる前に、スクイズのサインを出していたそうだ。※水面下で動きがあった。

[ 運命の選手交代 ]

1アウト満塁で、3番左打ちの本多という場面だ。

熊本工としては、サヨナラのチャンスだ。犠牲フライでもサヨナラという場面だ。

ここで、松山商業のベンチが動く。

ライトを新田から矢野に交代させたのだ。このときライトの新田は、ライトの守備に不安を感じていたため、矢野に変えてほしいと思っていたそうだ。だが、監督の澤田には迷いがあった。新田を交代させると、この場面をしのいだ後、新田を再登板させることができなくなるためだ。

だが、土壇場で交代を決断した。天の声があったとも報道されたようだが、本当のところは定かではない。澤田監督の経験に裏打ちされた直感が、「交代が正しい」としたのではないかと思う。

監督に迷いがあったため、交代がギリギリのタイミングになっている

 奇跡のバックホーム

この時の解説の原田富士雄は、こんな解説をしている。

「ただ、この左バッターの本多くんはですね、インコースを上手く打てる選手だということを、頭の中に入れた方がいいですね」、「ワキを絞って上手いバッティングをします」

本田は初球を狙っていたのだろう、インコースよりの変化球に対し、やや体を開きながらもヘッドを残し、ためを作ってシャープに振り切った。原田富士雄の解説どおりになったのだ。

「いったー!これは文句なし!」、アナウンサーが叫ぶ。

あの場面は、この言葉に集約される。

誰しも、ホームランもしくは長打は間違いなし、と思ったのだ。

投手の渡部は、打たれた瞬間、ホームランだと思ったそうだ。本多が打った瞬間は、100%に近い人が、熊本工の優勝を確信したはずだ。それぐらいの「いいあたり」だったのだ。

矢野は大きなあたりに、斜め後方に背走する。

[ 甲子園の魔物が動く ]

この場面で、甲子園の魔物が動いた。

そのときは、たまたま強い浜風が吹いていたのだ。打球の上がる角度が良すぎたために、その強い浜風が打球を強烈に押し返したのだ。※無風であれば、ホームランだったと思う。

それをみて、アナは「しかし、戻される」とコメント。

矢野は斜め後方に背走したあと、慌てて前進する。しかし、それでもまだ定位置よりは後ろだ。三塁ランナーの星子の足の速さを考えると、熊本工のサヨナラ勝ちは固い、という場面だ

[ 矢野はダイレクト返球を選択 ]

この土壇場の場面で、矢野はダイレクトでの返球を選択した。

松山商業では、このような場面では、中継を入れるかワンバウンドの返球が決まりだったそうだが、澤田監督が(本人も忘れていたそうだが)サヨナラの場面では、定位置より後ろからはダイレクトに投げるケースもある、と指導したことがあったそうだ。それを覚えていた矢野が、ダイレクトでの返球を選択したと考えられる。監督が忘れていたことを、矢野は覚えていた…ということになる。

[ 星子がタッチアップをきる ]

三塁ランナーの俊足星子が、タッチアップのスタートをきった。

星子はやや慎重にタッチアップをしたように見えた。

これは私の考えだが、9回裏の松山商業の2度のアピールプレーが、スタートをやや慎重にさせたのではないか…と思う。離塁が早くなりアウトにされるのは、プレーとしては最悪のパターンだからだ。※ボーンヘッドで、本塁でアウトになるよりダメなことだ。

[ 星子の選択 ]

星子にも選択肢があった。

最短コースをとって滑り込むか、回り込んでベースタッチするか…の二択だった。星子は塁に出てから、(時間があったこともあり)状況を冷静に分析したそうだ。そして、ライトの打球は風に押し戻され、ダイレクトで返球がくれば球が伸びてくる…と思ったそうだ。

※読みがピタリと当たっている。

そのため、前者の「最短コースをとって滑り込む」を選択した

自分の足を計算に入れ、スピード勝負に賭けた、ということだ。

[ 暴投やっちまった… ]

矢野の返球の角度をみて、これは暴投だ…と多くの人が思った。

一塁塁審の桂等は、とんでもない高い投球に「これで終わった」と思った。捕手の石丸も、練習で何度も矢野が大暴投していたことを頭に浮かべ、「またやったか」と思った。
出典:ウィキペディア

だが石丸は、自分の方に飛んでくる球が大きくなるのをみて、もしや…と思う。

※絶望が希望に変わる瞬間を体験する。

球場全体が固唾をのんで見守ったその結果は…

「アウトォー!アウトォー!」「なんとダブルプレーやった!」「風に押し戻された打球、そしてすごいバックホーム」「なんとォ!なんと3対3のまま…」「まさかというプレーでした」

「私自身もね、両手に鳥肌が立っているんですね」

という実況&解説が示すとおりだ。

 奇跡のバックホームが成立した背景 

矢野の返球は、結果的に超絶ピンポイント返球になったのだ。

5センチでもずれていれば、セーフだったはずだ。1塁側にそれていれば、ランナーの足の方が早かっただろうし、3塁側にそれていれば、ランナーと交錯して捕球できなかっただろう。

また、結果的に、追い風を見事に利用した形になった。

この奇跡的なバックホームがなぜ成立したのか、振り返って考えてみよう。

1)松山商業が満塁策をとった、2)澤田監督が迷いながらも、新田⇒矢野の選手交代をした、3)打球がライトに飛んだ、4)かなり強い浜風が吹いていた、5)ランナーの星子が最短コースをとって滑り込む選択をした、6)矢野がダイレクト返球を選択した、7)さらに、超絶ピンポイントのバックホームをした、これに加えて、8)審判がベストのポジショニングをして正しい判断をした、ということもある。アピールプレーの布石については、ここに入れていないが、少なくともこれだけの事象が絡み合って、奇跡が起ったのだ。

矢野のバックホームのシーンだけで、奇跡のバックホームと呼ばれるが、これらの個々の事象が意味を持って有機的につながり、劇的なストーリーになった、ということも奇跡なのだ

すべてひっくるめて、奇跡のバックホームなのだ。

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 11回の攻防

何のめぐりあわせか、この回の先頭打者は奇跡のバックホームの矢野だ。

奇跡のバックホームの余韻が残る中、その矢野がレフトに鋭い打球を飛ばす。

レフトを守っているのは、9回裏に劇的な起死回生のホームランを打った澤村だ。この時点で、勝利の女神は、熊本工業の澤村と松山商業の矢野の二人を、この試合のヒーロー候補としてピックアップしていたと思う。そして、矢野が打った球が澤村のところに飛んできた。鋭いライナー性ではあったが、澤村の守備範囲でダイレクトでキャッチできる球であった。

しかし、澤村はこの球を後逸してしまう。※一瞬、背景と重なり見失ったようだ。

この瞬間は、勝利の女神の選択がみる人にもはっきりした瞬間だ

普通であれば、レフトライナーでアウトだし、落球しても単打ですんだはずだ。後逸したために、ランナーが二塁に進み、ノーアウトランナー二塁という勝ち越しのチャンスになったのだ。

※その後、矢野が決勝点になるホームを踏むことになる。

次の打者の深堀が送って、ワンアウト三塁。

1番の吉見は、バッテリーがスクイズを警戒し歩かせる。これで1アウトランナー一塁三塁。2番星加が初球を一塁前にプッシュバント。意表を突く攻撃で、これが内野安打になる。

松山商業1点勝ち越し。1アウトランナー一塁二塁。

・苦しい時に諦めなかった今井が勝負を決める

ここで、バッターボックスには、3番の今井が入る。

熊本工の4番西本は、試合後のコメントの中で、今井についてこう触れている。

熊本工の四番だった西本は後に、九回裏にホームランを打たれた新田を今井がまだ負けていないと抱き起こしたシーンと、延長十回裏に本塁死して倒れ込んだ星子を傍にいた西本を含めだれも手を貸そうとしなかったシーンを比べ、これが松山商と熊本工の違いだったと反省している。
出典:ウィキペディア

その場面だけではなく、常にチームメイトを鼓舞&ケアしていた主将の今井が、変化球を思い切って引っ張り、ライトのフェンスに達する二塁打を放つ。これで6-3になった。

松山商業は初回以降得点できずに苦しんでいたが、あっという間に3点を奪った。

その後は後続が倒れ、6-3のまま11回裏を迎える。

・熊本工の最後の攻撃

先頭打者の西本が、エラーにより間一髪出塁する(足から滑り込んだ)。代打の木下はフルカウントから一塁ゴロ。その間にランナーは二塁に進む。ここで、熊本工業のキーマン澤村だったが、変化球をバットの先で打ってレフトフライに倒れる。最後の打者境は、フルカウントから三振に終わる。

こうして、歴史的な名勝負が幕を閉じた。