不器用な生き方をやめたい

無駄なプライドは捨てた方がいいんじゃない?

件の大学中退者の失敗フラグに釣られてみる

少し前に、大学を中退して起業を目指す人の記事が話題になった。

その内容に対しては賛否両論ある。「がんばれ」というものと、「愚かだ…」とするものだ。ただ、前者の「がんばれ」の中には、「大学を中退したことはおそらく間違いだけれども、中退した以上、(後戻りすることはできないので)がんばれ」という人もいるだろう。なので、この方(以下、Iさんとする)が大学を中退したことについては、否定的な見方をしている人の方が多いと思う。

私も「大学を中退した以上、がんばるしかないのでがんばれ」という立場に近い。ただ、Iさんの大学中退はおそらく間違いだ。起業しても自立して食べていくレベルには届かない…と思う

※あるいは、一人で食べていくのがやっと…というレベルに落ち着くかだ。

私には、失敗のフラグが立っているように見えるのだ。

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 目次

 現状認識の問題

まずは、現状認識の問題がある。

Iさんには、 レールに沿った生き方に対する疑問があるようだ。

この気持ちはわかる。新卒で就職して大企業に勤め、課長か部長補佐、上手くいけば部長で仕事人生を終える(そのときは、子会社かもしれないが…)。会社に入れば、10年後、20年後、30年後の自分がそこにいる。ワーストケース、ありそうなケース、ベストケースはあるが、将来の自分の姿が大枠では大体想像できる(と思ってしまう)生涯賃金も計算できてしまう…ということがあるからだ。

先が見えるとつまらない…ということはある。もう少し正確に言うと、(根拠が不正確でも)「先が見えた」と自分で思ってしまうと、つまらなくなってしまう、ということだ。

Iさんの場合は、レールに沿って歩むと「なんとなく」の選択になってしまう。そうではなくて、自分がやりたいことを自分の意志で選択するために、レールから外れた…ということのようだ。

そうすることで、自分の人生を自分で選べる、と思っているようだ。

・単純すぎる

だが、レールがどうのこうの、というのは単純すぎる。

できる人は、物事をシンプルに考える。だが、シンプルな考えの裏には、細部に至るまでの考察や洞察がある。細部に至るまでの考察や洞察なしに、シンプルな結論を出すことは浅慮になる。

レールに沿った人生を歩んでも、自分の人生を自分で決めることはできるし、自分がやりたいことを自分の意志で選択することは可能だ。レールに沿った人生を歩んでも、自分が選べる選択肢はたくさんあり、その選択を通じて自分の人生を自分で選ぶことは可能なのだ

逆に、本線のレールから外れても、自分がやりたいことを自分の意志で選択することができる、とは限らない。起業当初は、「自分がやりたいことを自分の意志で選択している」と思うかもしれないが、(実践においては)自分がやりたくないことをしなければいけない…ということは普通にあるし、やってみて食えなければ、当初の選択自体を見直す必要に迫られる。

※ビジネスは、市場や相手のあることなのだ。

・中退起業もレールに変わりない

昔から、大学を中退して起業する、というケースはある。

つまり、大学を中退して起業する、という道もレールなのだ。

ただし、本線に比べると整備されているレールではないので、前方の見通しが悪い。曲がりくねったり、草がボウボウに生えていたりで、先がよく見えないのだ。また、レールが途切れているように見える部分もあるだろう。※そのレールは、崖につながっていることも普通にある。

なので、起業するとかフリーランスになる、ということは、整備された本線のレールからそうではないレールに乗り換えただけ、ともいえる。「別のレールに乗っちゃった感がある」とコメントしている人がいるが、この見方は正しいのだ。

少しまとめてみよう。

自律性を担保するためには、本線から外れなければいけない、というのは誤った固定観念。私自身もそう考えていた時期があるのでよくわかるが、無知や未熟さに基づく浅慮なのだ。誤った固定観念があると、打ち手を間違えやすい。このことには留意すべきだ。

※合理性を欠く、独りよがりの判断になってしまうのだ。

 生存バイアスに踊る?

Iさんは、ブログで何百万も稼いでいる人がいることを知り、自分もできそうだ、と思ったそうだ。もし何の疑問も持たず、「スゲー」、「自分も~」と思ったのであれば、ナイーブすぎるだろう。※ビジネスでは、喰われる立場の人になる。

生存バイアスというものがある。

生存バイアスとは、脱落したもの、淘汰されたものを評価することなく、生き残ったもののみを評価する…というバイアスのことだ。敗者を無視し、勝者のみを評価する偏り、としてもいいだろう。※そのため、その偏った評価に基づく判断は間違いになりやすい。
出典:世の中は生存バイアスでできている

Iさんは、勝者のみを評価する…という思考に落ちている可能性がある。

わたしたちには、「勝者に注目する」という心理がある。

したがって、敗者のことを考えることなく、無視してしまうのだ。敗者の情報がメディアを通じて上がってこない…ということもある。なので、物事をフェアに評価するためには、(目にみえない部分を補う)想像力や洞察力が必要になるのだ。

ブログについていえば、有名なブロガーが「自分のブログは、(ある基準で)上位0.02%に入るブログだが、収入は50万円程度/月だ」と述べているが、それが現実だと思う。

つまり、ブログを専業とする場合は、1万人にひとりかふたりのレベルになって、ようやく自立して食べていける…ということになる。これが本線から外れる、ということだ。夢を持つことはいいことだが、一方で冷静に現実を見る必要がある。

※Iさんは、プロブロガーになる、ということではないようだ。

 他者のせいなのか?

Iさんは、大学へ行っても「刺激がない」と他者の責任にしている。

「おもしろくない」、「刺激がない」、「足りない」と他者の責任にするのは、とても簡単なことだ。他者の責任にしたければ、そうする前に、「自分はおもしろいのか?」、「自分は他者に刺激を与えているのか?」、「自分は他者を成長させるような、何かを提供しているのか?」と問えばいいだろう。

何でも他者が与えてくれる…と思っていたのではダメなのだ。クレクレの発想で、起業して成功するのだろうか…。とてもそうは思えない。成功する起業家とは、逆の発想ではないかと思う。

たとえば大学には、自分よりも優れた人がたくさんいる。同級生や上級生、教授などには、自分よりも優れた人が必ずいるのだ。たとえ、全人格的に優れた人がいなくても、部分的にみれば優れた人はたくさんいる。そして、彼らから学べることはいくらでもある。

※Iさんは、教授たちとコミュニケーションをとってみたのだろうか?

結局、おもしろくなるもならないも自分次第だし、刺激を受ける受けないも自分次第なのだ。自分の感受性の低さや行動の足りなさを他者の問題にすり替えるのは、好ましい態度ではない。

・やりようはいくらでもある

大学をやめなくても、やりようはいくらでもあるはずだ。

興味のある授業だけ出る(ある著名な起業家がやった方法だ)、1日中本を読んだり、バイトなどで会社に入り込み、実務を行いつつ会社の仕組みを学ぶ…という方法もある。また、起業の準備をする、という方法もあるだろう。大学をやめないと起業できない、というのは固定観念にすぎない。絶対的なインプットが足りない未熟な段階では、起業に専念した方が成功しやすい、とはとても言えないのだ。

他責思考と柔軟性を欠く考え方は、失敗フラグだと思う

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 リスクを理解していない

Iさんのインタビュー記事がある。それを読むと不安になる。

Iさんは、起業することのリスクについて、あまり理解していないようなのだ。未体験のことだから、仕方がないと言えばそうなのだが…。そうであれば、自分が無知であることを知る必要がある。※自分の無知を知り、謙虚になる必要がある。

Iさんは、生活リスクがある、と指摘されたとき、「普通のサラリーマンにも解雇や倒産があるので、同じですよね」という返しをしている。この返しはステレオタイプすぎて、力が抜ける。

このことについて、クドクドと説明はしないが、当然同じではない

Iさんは、大学で一緒だった人のことを「何も考えていない」と一刀両断しているが、自分はキチンと考えているのか…と自問自答した方がいいと思う。どうも、未熟さが目につくのだ。

※この未熟さ・危うさが釣り針になって、多くの人を釣り上げたのかもしれない。

・聞く耳を持てるか

相手が未成年者だということを考えると、厳しめの論調になってしまったが、自分が未熟であれば、その未熟さを知り、他者の意見に耳を傾けることが必要になる。だが、皮肉なことに未熟であるがために、耳障りの良い言葉にすがり、そうでない言葉に反発したり無視したりしがちだ

耳障りの良い言葉よりも、そうでない言葉の方が重要であったり、本質を突いた真実が含まれている、ということがある。そのときは、「何でこちらの考えを尊重してくれないのか…」と反発したくなるのだが、耳障りの良い言葉で応援してくれる人よりも、あえて苦言を呈してくれる人の方が、実は自分のことをよく考えてくれていた…ということがあるのだ

このことは、覚えておいて損はない。

Iさんは、命綱が緩いままバンジージャンプをしてしまった。そして、それを目にした人たちから「お前そんなひもの緩い状態でジャンプするなよ…」とかなりの突っ込みが入った状態だ。

だがIさんは、自分の命綱が緩んでいる、とは考えていないか、そのことを薄々わかっていながら重視していない。飛んでいる最中は、命綱のゆるみなどは関係ない。「バンジージャンプ気持ちいい!最高!」だろう。問題はその後だ。彼の判断が、致命的な失敗や致命的な失敗を導く失敗にならないことを祈りたい。致命的な失敗だけはしないように気をつけてほしい。