不器用な生き方をやめたい

無駄なプライドは捨てた方がいいんじゃない?

自分に厳しい人は自分に優しくなった方がいい

あなたは、自分に優しい方だろうか。

このことについて少し考えると、「自分に厳しく、他人に優しく」というのが理想かもしれない…と思う。自分に厳しいことはプロとしての矜持やプライドにつながるし、他人に優しくすることは人のあるべき姿ではないか…と思うためだ。だが頭で考えるほど、自分に厳しくすることがいいことなのだろうか。自分に優しい方が、いいのではないだろうか

今回は、「自分に優しくなった方がいい」ということについて書いてみたい。

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 目次

 自分に失望することがある

あなたは、「自分に失望する」ということがないだろうか。

私はある。このブログでは、こうした方がいい、ああした方がいい…ということを書くが、自分で実践できないことがあるのだ。自分で書いたことを実践できなければ、心底がっかりする。

たとえば、他人の非により実害を被るとストレスを受ける。ストレスを受けると、それを発散したくなる。部下の不注意でプロジェクトに支障が出ると、つい「なぜ、指示どおりにしなかったのか…」と恨み言をいいたくなる。つまり、自分の不満を相手にぶつけることで、自分のストレスを解消しようとしてしまうのだ。

部下が指示どおりにしなかった原因を探ることは必要だが、部下に対し「なぜ、指示どおりにしなかったのか…」と責めても仕方がない。問題の解決には役立たないからだ(大事なのは、問題を解決することだ)。

だが理屈ではわかっていても、感情を上手くコントロールできない…ということがある。未熟といえばそうなのだろう。そして、その己の未熟さを感じるとき、自分に失望してしまうのだ。

・同じ失敗をすると失望する

同じ失敗をすると、自分に失望することがある。

1回目の失敗の意味がなくなってしまうためだ。失敗をしてもかまわないが、それは「次に同様の失敗をしない」、「その失敗の延長上にある大きな失敗をしない」ということがあるためだ。

同じような失敗をするのであれば、失敗した意味がなくなってしまう。そう感じるため、同じような失敗をした自分に失望するのだ。お前は本当に「学んでいないな…」と思ってしまう。

 自分に厳しいと…

だが自分に失望しても、自分に優しくした方がいい。

ひとつには、自分に厳しくすることのデメリットが大きいためだ。

自分に厳しいと、自分の悪かった点ばかりに注目してしまう。そして、引きずりやすくなってしまうのだ。上の例でいうと、「なぜ、自分の不満を相手にぶつけてしまったのか…」、「なぜ、相手の立場や気持ちを考えるよりも、自分のストレスを解消することを優先させてしまったのか…」ということが、必要以上に気になってしまう。

自分で自分の問題を大きくしている…ともいえる。

もちろん、自分が選んだ言動について反省をしてもいいのだが、いつまでも引きずって思い悩むことは、マイナスにしかならない。反省はしても、後悔をしてはいけない…という言葉どおりだ。

・人間関係が上手くいかない

自分に厳しいと、刺々(トゲトゲ)しい雰囲気になる。

自分に厳しいけれど、他人には優しいという人がいれば、ある意味すごい人だと思う。だが大抵の人は、自分に厳しければ他人にも厳しくなってしまう。自分のスタンダードを、他人にも当てはめようとしてしまうのだ。「自分はこれだけやったのだから、お前もやれるだろ…」という思考になる。スタンダードを、自分と他人で器用に切り替えることができないのだ。

そして、「こいつは、甘いやつだな…」と思うと、見下して厳しく接するようになったりする。このような態度だと、人間関係が上手くいかないだろう。不寛容は、人間関係にマイナスなのだ。

 自分に優しくなると…

自分に優しくなると、いいことがある。

まずは、自分の悪かった点ばかりに注目し、引きずる…ということがなくなる。

「まぁいいか…」、「やってしまったことは仕方がない」、「これも自分だよ」ということで、切り替えやすくなるのだ。もちろん反省は大事だが、切り替えも同じぐらい大事なのだ。ノー天気に見えるかもしれないが(笑)、悲観的になって落ち込むよりは、(反省後)楽観的にとらえた方がいいケースが多いのだ。※引きずることがワーストだ。

・カドがとれて丸くなる

自分に優しくなると、カドがとれて丸くなる。

その人が寛容かどうか…というのは、雰囲気に出るものだ。自分に不寛容な人は、イライラ・ギスギスしがちで、笑顔が少ない。不快に感じるハードルが低いので、そうなるのは当たり前だ。

寛容な人は、優しい雰囲気を持っている。不寛容な人とは違い、不快に感じるハードルが高いので、あまり不快になることがないのだ。なので、笑顔も多いし優しい雰囲気になるのだ。

※自分に優しい人は、他人にも優しい。

また寛容さと余裕は、関係がある。自分に厳しい不寛容な人は、余裕がないように見える。一方、自分に優しい寛容な人は、余裕があるように見える(実際もそうだ)。まわりの人からは、後者の方が評価されることは確かだろう。余裕がなくギスギスした前者の人には、多くの人が「かかわりたくない…」と思うのではないだろうか。

 切り替える

ここからは、自分にも他人にも優しくなる方法について書いてみたい。

まずは、気持ちを切り替えることだ。部下の不注意でプロジェクトに支障が出た…という例でいえば、その原因については調べればいいと思うが、自分の不満を相手にぶつけることで、自分のストレスを解消しようとしてはいけない。これは自分本位の行動で、生産的ではないからだ。

イラッとしたら、とりあえず深呼吸でもしよう(ストレスは深呼吸で解消すればいいのだ)。そして、気持ちが落ち着いたら、「今大事なことは何か…」と考える。大事なことは、自分のストレスを相手にぶつけることではなく、問題を解決することだ。「そのためにはどうすればいいのか…」ということに集中すればいい

・プランBで行く

問題が生じたときは、「解決の道がある」と考える。

海外のドラマをみていると、本筋の作戦が上手くいかないとき、「プランB」で行こう…とすることがある。現実でもよくある話だと思うが、これが「切り替える」ということだ。

歴史上のエピソードを紹介しよう。

大坂冬の陣」で真田幸村は、籠城ではなく徳川勢を迎え撃つことを主張していた。幸村は、徳川勢を堂々と迎え撃ち緒戦を飾ることで、豊臣につこうかどうか迷っている勢力の後押しをしようと考えていたのだ。この案は徳川に勝てる見込みのある唯一の案で、幸村には籠城策では勝てないことがわかっていた。ところが、大坂方の権力者たちにより、この案は退けられる。

幸村は、勝てる見込みのある唯一の案を退けられて、深く失望したと思う。

だが幸村は、すぐに気持ちを切り替えて「プランB」を模索する。そして、大坂城の弱点とされる場所に「真田丸」と呼ばれる三日月形の砦を築いたのだ。真田丸を拠点とした幸村の活躍は、周知のとおりだ。この話からも、切り替えがいかに大事か…ということがわかる。

・済んだことは仕方がない

済んだことは仕方がない、と考えるしかない。

「済んだことは仕方がない」には、あきらめのようなネガティブな響きがあるが、ひっくりかえって流れた水は、どうしようもねえや(坂口安吾)ということだ。「覆水盆に返らず」だが、こう考えると、切り替えができるようになる。

これは、起こったできごとを受け入れる、という態度だ。「こんなことは認められない!」と激怒したり失望・落胆する気持ちはわかるが、そうすればそうするほど身体がダメージを受けることになる。なので、どこかの時点で切り替える必要があるのだ。

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 自分に優しい言葉をかける

自分に優しくなるために、自分に優しい言葉をかけたい。

チャレンジして思うような結果が出なかったのであれば、「そのとき、できることはやった」、「チャレンジしたことはよかった」、「よく頑張ったよ…」と自分に声をかければいい。

※リスクをとってチャレンジすることには価値がある。

「済んだことは仕方がない」、「まぁいいか」、「これも経験だよね」、「すこし休んで、また考えよう」、「自分には自分の道がある」、「のんびりしよう」などと声掛けしてもいい。

・不快な思いをしたら…

不快な思いをしたら、そんな気持ちの自分を受け入れよう。

「今不愉快な気分になっているよね…でも、そういうこともあるよ」、「それは相手の問題だから、自分の問題として深く考えない方がいいよ…」と自分に声をかけることもできる。

「メンタルに休みが必要だね…」と言ってもいい。

そうすることで、少しは自分に優しくなれるだろう。自分に厳しい人は、自分に優しい言葉をかける…などということは考えもしない(笑)。なので、やってみると効果があるだろう。

 まとめ

今回は、「自分に優しくなった方がいい」ということについて書いた。

冒頭で、自分に厳しいことはプロとしての矜持やプライドにつながる、と書いた。たしかに、そういうことはあると思う。だがその厳しさは、限定的なものにする必要がある。プロとしての矜持やプライドにつながる部分だけに限定した方がいいのだ。

もう少し、自分に優しくすることを考えてみよう。