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生きづらいと思ったら…期待値を下げてみる

生きづらいと思ったら、期待値を下げてみればいい。

生きづらいと感じる原因のひとつに、「期待値が高い」ということがある。ここでいう期待値とは、1)自分に対する期待値、2)他人に対する期待値、の両方のことだ。どちらのケースも、期待値が高ければ現実とのギャップに悩んだり、落胆することになり、ひいては生きづらくなってしまう。なので、期待値を適正範囲に収まるようコントロールすることが大事になるだろう。

今回は、期待値を下げることについて書いてみたい。

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 目次

 期待値とは

期待値

期待値とは何か、から簡単に整理しておこう。

ウィキペディアによると、「確率変数の実現値を、確率の重みで平均した値」を期待値という。この説明はむずかしいが、「ギャンブルでは、掛け金に対して戻ってくる「見込み」の金額をあらわしたもの」という説明がある。たとえば、サイコロを振るときのことを考えてみよう。

出る目の期待値を考えると、計算は省くが「3.5」になる。このように計算で求めることのできる期待値があれば、そうでないものもある。前者であっても、求め方や確率を知らなければ、主観的に期待値を設定する、ということになる。この設定の仕方は、人により違ってくる。

※期待値とは、「期待の度合い」とすればいいだろう。

 期待値で感情が変わる

自分が抱く期待値というのは、(計算できない場合)主観的なものだ。

なので、同じものごとに対する期待値も、人によりバラバラ…ということがある。比較的期待値を高めに設定する、という人は、落胆する回数や度合いが大きくなってしまう。「現実と期待値との差=がっかり」になってしまうためだ。このタイプの人は、現実は厳しいと思いがちな人だ。

逆に、期待値を現実並にしている人は、「現実と期待値との差」というものがあまりないので、(多少差があったとしても)がっかりすることはない。期待値を現実より低く設定している人は、がっかりすることは皆無だろう(笑)。「現実と期待値との差=よろこび」になるためだ。

※どの人が生きやすく、どの人が生きづらいのか、は自明だろう。

 相手に対する期待値を下げる

相手に対する期待値を下げれば、生きやすくなる。

私たちには、「人に期待する」ということがある。こうすれば、こうしてくれるだろう、与えれば、返してくれるだろう、感謝してくれるだろう、という期待のことだ。この期待の度合いが高ければ、相手に落胆するというケースが増える。「現実と期待値との差=がっかり」になる。

たとえば、あいさつをしてもあいさつを返さない人がいる。普通の人は、自分があいさつをすれば、返してもらえる、と期待しているので、あいさつの返しがなければ、イラッとしたりがっかりしたりする。だが、この、相手に対する期待値をあらかじめ下げておけば、負の感情というものは最小限に抑えることができる。世の中にはそういう人もいる、と思っていればいいのだ。

※あいさつは、返ってくれば儲けもの、と思っていれば、ノーダメージだ(笑)。

 自分に対する期待値を下げる

自分に対する期待値を下げる、という方法がある。

まずは、自分が自分に対して抱く期待値のことだ。この期待値が高いということは、ある意味、目標が高い、ということだ。目標が高いことはいいことではないか、と思うかもしれないが、現実とあまりにもかい離した目標などというものは、害にしかならない(でたらめな目標になるのだ)。

その場合は、「現実と期待値との差=がっかり」となり、やる気が失せてしまう。たとえば、このブログは10万PV/月に達するまで、1.7年かかっている。もし、1年で10万PVを達成できる、という期待をしていれば、現実と期待の差がわかった時点でやめていたかもしれない。

※自分を信じ期待するのはいいことだが、現実との兼ね合いが大事だ。

 相手の自分に対する期待値を下げる

相手の自分に対する期待値も、適正なレベルまで下げた方がいい。

自分を実像より良く見せようとする人がいる。自分という商品を買ってもらうために、面接の場などでそうする…ということは、普通に理解できる。だが、いつもこれをやっていると、自分の評価を下げることになる。相手の心中で、「現実と期待値との差=がっかり」になるためだ。

誰かに頼みごとや仕事を依頼されると、意気に感じ相手の期待以上のことをしようとする人がいる。そうすると、相手は評価と期待値を上げる。その結果、次回の頼みごとや仕事の依頼では、上がった期待値が基準(標準)になり、自分が苦しむはめになる…ということになるのだ。

※一気に、自分の評価を落とすことになりかねない。

 あと何分かかる?

あと何分かかる?、どれぐらいでできる?と聞かれる状況がある。

たとえば、知人と待ち合わせをしているが、時間に遅れそうだ…という状況がある。そのとき、相手に何分遅れる、と伝えるだろうか。1)実際に遅れそうな時間、2)実際に遅れそうな時間+α、3) 実際に遅れそうな時間-α、と3通りの答えがあるが、どれを選択するだろうか。

相手の期待値でいえば、2で下がり、3で上がる。相手の期待値を下げたくない+遅れをささいなものとしたいばかりに、3の「実際に遅れそうな時間-α」で過小申告するケースがあるが、そうはしない方がいい。「嘘を言った+相手の期待に背いた」というマイナスがあるためだ。

※相手の期待値を下げておけば、「意外と早かったね」となる。

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 まとめ

今回は、期待値を下げることについて書いてみた。

生きづらさを感じている人は、往々にして自分に対する期待値および他人に対する期待値を上げていることがある。自分や自分の子供に期待することは悪いことではなく、むしろいいことだが、現実との兼ね合いをよく考える必要がある。もし、現実を無視した形で期待しているのであれば、期待値を現実に即したレベルまで下げる必要がある。そうすれば、無用な落胆などをせずにすむ。

期待値を下げることには、もうひとつ良い点がある。それは、人に寛容になれたり、感謝できるようになる、ということだ。まわりと良い人間関係を築こうと思えば、「してもらって当たり前」を「してくれてありがとう」に変えた方がいいのだが、それを自然な形でできるようになる。普段生きづらいと感じている人は、「期待値を下げる」ことについて、考えてみてはどうだろうか。

今回の記事:「生きづらいと思ったら…期待値を下げてみる」