不器用な生き方をやめたい

人の心理や特徴を踏まえて合理的に行動したい

あなたの直感は間違っている|直感は当たるより外れることが多い

あなたは、自分の直感を信じる方だろうか。

自分の直感を信じる人がいれば、「自分の直感は外れるので、あまり信じない…」という人もいると思うが、後者の人でも、(大した根拠なしに)自分の直感を本当だと信じてしまう…という経験をしたことがあるはずだ。

個人的には、直感が正しいことはもちろんあるが、論理による詰めを欠く(背景に論理的思考の蓄積がない)直感は外れるものだ…と考えている。

今回は、直感は外れることがある、という話をしてみたい。

目次

直感を正しいと思うことがある

直感が外れる…というイメージ

直感でこのやり方が正しい…と思うことがある。

根拠をしっかり検証したわけではないのに、脳が勝手に「このやり方が正しいだろう」と判断してしまうのだ。直感は当たることも外れることもあるが、ある種の「思い込み」は危険である。

※正しいと思っても、仮説にすぎないと考えた方がいい。

間違った努力をすると機会損失が発生する

以前の記事で書いたように、

間違った努力をしても成功しない。あたり前だと思うかもしれないが、間違った努力をしている本人は自分が「間違った努力をしている」とは考えていない
出典:正しい努力は報われる

間違った直感に従うと、(たとえば)正しい努力をしているつもりで、間違った努力をしてしまうためだ。間違った努力を積み重ねても、成果を出すことはできない。時間の浪費とともに、正しい努力をする機会を失う…ということになる。※機会損失が発生することになる。

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同一のメールを大量に発送する作業

同一の(紙の)メールを大量に発送する作業を想像してほしい。

会社が(潜在)顧客宛に送る、ダイレクト・メールのようなものだ。

この作業には、以下のステップがあるとしよう。

1)メールを折る
2)折ったメールを封筒に入れる
3)糊で封をする
4)切手を貼る

さて、あなたはどのような手順で作業をするだろうか?1通ずつ仕上げていくだろうか。それとも、同じ作業をまとめてやるだろうか。

同じ作業をまとめてやるのが合理的?

だいたい考えられるのは、今述べた二通りだ。

1通ずつ仕上げていく

上記の1)~4)の手順を1通ごとにやる、という方法だ。100通あれば、この手順を1通ごとに100回行う必要がある。直感的には、非常に手間がかかるような気がする。

同じ作業をまとめてやる

同じ作業をまとめてやる、という方法もある。

すなわち、1)メールを折る、を100回、2)折ったメールを封筒に入れる、を100回、…というやり方だ。直感的には、1通ずつ仕上げていく方法より、こちらの方が合理的だと感じる。

まとめて同じ作業をした方が、その間にその作業のスキルが上がるし、(単純作業のため)余計なことを考える必要がなく集中できるので、作業時間も短くてすむのではないか…と思うからだ。

※直感的に、同じ作業をまとめてやった方が合理的だ…と感じる。

現実が直感に反することがある

では、どちらのやり方が合理的なのだろうか?

答えは、前者の「1通ずつ仕上げていく方法」だ。このことは直感に反するが、なぜそうなるのか、以下説明したい。

まず、モノの動きでロスが生じる、ということがある。

同じ作業をまとめてやると、メールや封筒の動きにロスが生じる。

下の検証動画で確認してほしいが、メールや封筒を動かす動作(積み上げるなど)が、余分に必要になるのだ。また、仕掛品を置く作業スペースも余分に必要になる。

人間的な要素がロスを生む

上で、まとめて作業すると(単純作業のため)余計なことを考える必要がなく集中できる、と書いたが、あるレベルを超えると苦痛になってくる。

変化のない単純作業を長時間続けると、苦痛になるのだ。

また、「まとめ作業」は、作業のバッチサイズ(1サイクル)が大きいため、一連の作業がすべて終わるまで、達成感を感じることが難しい。

逆に、1通ずつ仕上げていく方法では、1通仕上げるたびに、ささやかでも達成感を感じることができる。このモチベーションの差は計測しにくいが、結構大きいものだ。

トラブルが生じた場合に困る

同じ作業をまとめてやると、トラブルが生じた場合に困る。

極端な例だが、たとえば、紙の折り方がまずかったために、封筒に上手く入らない…というトラブルだ。これは、1)の作業の段階では気づかず、2)の段階で初めて気づくことだ。

なので、最悪のケースでは、すべて最初からやり直しだ。折った紙や費やした労力・時間が無駄になる。これは極端な例だが、同様の小さいトラブルは普通に起こり得る。1通ずつ仕上げていく方法では、トラブルが生じても大事には至らない。トラブルはすぐに検知されるからだ。

身の回りにも同じような例がある

以前、上司にあるシステムの調査を命じられたことがある。

顧客が他社の構築した古いシステムの全面的な更新をしたがっているが、その古いシステムの動作が正確にわからないと(ウチの会社で)新たなシステムの構築ができない。なので、その古いシステムの調査をしてほしい、というものだ。

調査期間は2週間。そのシステムはたくさんのモジュール(ユニット)から構成されており、かなり複雑なものだった。そこで私は、順番にひとつひとつモジュールを調べ、それぞれがどのような動作をしているのか詳細に記録していった。

そして、すべてのモジュールを調べ終わった後で、上司に報告した。

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一気にやれば早くすむ…は間違いだった

しかし、上司に報告すると、ある調査の不具合を指摘された。

話が専門的になるので、先のメールの例でたとえるが、紙の折り方がまずい、というものだ。上で述べたトラブルの例と同じく、キレイに折ってはいるが、折り方にクセがあり、そのままでは封筒に上手く入らないため、次の作業に流せない…という感じだ。

これは、仕事のバッチサイズ(1サイクル)を大きくしたために生じたミスだ。もし、ひとつのモジュールの調査が終わった時点で仮報告し、上司からフィードバックを受けていれば、不具合をすぐに修正できたはずだ。

わたしは、中間報告を入れることは時間の無駄で、一気に片づけた方が早くすむ、と考えたのだが、それは間違いだった。このように、自分の直感に基づくやり方が正しいとは限らない。

同様の失敗例は、身近に結構あると思う。根拠のない独善はまずい(笑)。

まとめ

今回は、直感について書いてみた。

仕事でも日常のことでも、直感でこのやり方が正しい…と思うことがあるが、それが正しいかどうかは別の問題だ。「思い込み」とはやっかいなもので、危険でもある。

正しい努力をしているつもりで、間違った努力(ズレた努力)をしてしまうことになるからだ。直感が間違う例として、同一の(紙の)メールを大量に発送する作業を挙げたが、この時の直感の中には、1)モノの動き、2)人的な要素、3)トラブルの可能性、などが考慮されていない。

だから間違ったのだ。

当たる直感の裏には、それ相応の知識と経験+合理的な洞察がある。なので、それらを持ち合わせていない場合は、安易に直感に頼らない方がいいだろう。本人の未熟さなどにより「見えていない部分」が必ずあるので、未熟な直感にしたがうと、判断を間違うことになる。

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行動メモ:

直感で正しいと思うことでも外れることがある。

先入観や思い込みが直感のベースになっている場合は、間違うことが多い。また、知識や経験が不足していることに関する直感も、外れる可能性が高くなる(合理的な洞察がないため)。

直感を利用するのであれば、今述べた落とし穴に留意し、頭を絞りつくしたあとで使いたい。そうすれば、(最善の行動になるため)仮に外れたとしても、納得できるし身になるはずだ。

※論理的思考の蓄積があれば、直感で素早く正解にたどり着くことができるだろう。

最後に、本文中で述べたメールの例の動画を添付しておく。

今回の記事:「直感は当たるより外れることが多い」