井上尚弥は、次戦の相手としてカシメロを選んだ。
この話を聞いたとき、怪我明けなのにハードな相手を選んだな…と思った。
骨折した後というのは、完治していてもそこを狙われると嫌なものだ。また、WBSSに勝ち、最優秀選手になり、ドネアとの死闘が年間最高試合にも選ばれ…と、意識せずとも達成感が生じ気が緩む時期でもある。
この時期に強打を誇る難敵のカシメロを選ぶことは、勇者でなければできないことだ。
目次
強い相手との戦績は
両者の過去の戦績を「強い相手にどれだけ勝ったか」という基準で比較してみよう。
井上は、5つ星の相手に1つ、4つ星の相手に4つ勝っている。5つ星の相手はドネアだが、(かなりKOに近かったものの苦戦し)UDの判定勝ち、4つ星の相手には、KOかTKO勝ちしている。
一方、カシメロは、4つ星の相手に1勝1敗。テテには鮮やかなTKO勝ち、2015年にさかのぼるが、井岡に勝ったことのあるアムナットに判定負けを喫している(アムナットには翌年のリベンジマッチでKO勝ちしている)。
両者の戦績を(戦地を考慮せず)単純に比較すると、井上が「上」ということになる。
※星の数は BoxRec によるもの。
カシメロの強さは
カシメロは強くなっている
アムナット戦あたりでは、攻撃力はあるけれどラフで隙のある選手だな、という印象だった。
集中力に<むら>があるとも感じた。
だが、直近のテテ戦をみるかぎり、洗練度が増し、ボクシングのレベルが上がっている。
カシメロは、過去に4度負けている(29勝)。
だが、キャリアが浅い段階での負け、不当な判定による負け、そのときどきで出来・不出来の差が大きかったり、負けから学んでレベルアップする選手の場合は、単純に「負けているから弱い」とはならない。負けの内容をみる必要があるのだ。
※カシメロの場合は、「負けているから弱い」にはならない。
ジャブをもらわない
テテのジャブは、速いし射程距離が長い。とてもいいジャブだ。
だが、カシメロはそのジャブをあまりもらっていない。とくに、テテのジャブがカシメロの顔面をきれいにとらえた、というシーンはなかった。浅く入ったシーンはあったが、頭が撥ねるようなシーンはなかった。
カシメロは(自分が攻めるとき以外は)後ろ足に体重を残し、相手が攻めてきたときは、スッと下がり被弾しないようにしている。その場で体を後傾にして頭を後ろに持っていき、被弾を避けるという技術も有している。
カシメロにジャブを当てるのは、なかなか難しいように思う。
豊富な武器を持つ
カシメロにはブンブン振り回す印象があるが、それだけではない。
左の使い方が上手く、強いフックをRの小さいコンパクトな軌道で合わせることもできる。
アッパーも上手い。強い選手のアッパーは、的の後ろを打ち抜くかのように伸びてくるが、カシメロのアッパーにもそういうところがある。
※もちろん、井上選手のアッパーにもそういう特徴がある。
あとは、右のオーバーハンドだ。後ろ足を壁にして前足を浮かし、ジャンプするように踏み込み、捕手が二塁に球を投げるように素早く体重を乗せて右腕を振る。このパンチがクリーンヒットすれば、誰も立っていることはできないだろう。
※オーバーハンドといっても、中段の軌道で打つことも多い。中段や下段から強いパンチを打つのもカシメロの特徴だ。相手からすれば、パンチの始動が見えにくいので厄介だ。
オフェンス面では、井上と互角と考えた方がいい。
よく考えて対応している
最初は、ランキーパンチでテテを倒したのかな…と思った。
だが、よく試合を見ると、そうではないことがわかる。
カシメロは、1Rの終わりに、左のフェイクから外側に踏み込み、中段から右を振るという攻撃をしている。このとき、テテはダッキングでそのパンチをかわしたが、カシメロはそのテテの動きにチャンスを見い出している。
テテがダッキングをして目線を切ったときに、テンプルに当てればいい、ということだ。
そして、3Rのダウンシーンでは、テテのダッキングを誘い、狙いどおりにテンプルに当てている。このときは、最初からオーバーハンドを打つ意思はなく、下からテンプルを狙うことに集中していた。
また、ロープ際にテテを追い詰めたときもそうだ。
パンチに強弱をつけ倒そうとするが、強いパンチを二度空振りする。そこで、三度目はテンプルに当てダウンをとった。これは上手く行かないな…と思うと、冷静に切り替えているのだ。
カシメロのボクシングIQは、高いのではないかと思う。
カシメロ戦の予想は
井上とカシメロが戦えば…
井上のカシメロ戦は、どんな風に始まるのだろうか。
1Rの展開だが、井上はいつものように(相手に主導権を渡さないように)一定の圧を保ち、ジャブを突きボクシングをしながら相手の情報収集をするだろう。
カシメロが慎重に入れば、「井上が試合をコントロールしているように見えるが、有効打はない」という展開になる。井上の浅いジャブは上下に入ると思う。カシメロは時折、踏み込んで攻撃の素振りを見せ、こちらも井上の情報収集をする、という展開になるだろう。
カシメロが攻撃的にくる場合は、井上がいなす展開になるだろう。ここで打ち合うと危ない。ショートレンジの打ち合いに強く、パンチの出どころがわかりにくいカシメロと1Rから打ち合うのは危険だ。
※井上といえども、変則的なカシメロの情報を収集&分析するには、数Rかかる。
チェスマッチになる
問題はその先だ。どちらが「相手を攻略する」という問題を早く解くかだ。
カシメロは井上を呼び込んで、フックやアッパーを合わせようとするかもしれない。
自分からぶん回して圧をかけ、ショートレンジの打ち合いに持ち込む、という選択肢もある。ドネア戦でダメージを負った右目をジャブで執拗に狙うとか、それを布石にして別の部位を狙う、という戦術もあるだろう。
何が上手くいくのか、徹底的に考え試行錯誤するだろう。
テテはジャブでコントロールし、ポイントアウトしようとしたり、打ち終わりを狙ってカウンターを入れようとしたが、上手くいかなかった。そのあたりをどうみるか。井上のジャブがある程度当たるようになれば、ペースを掴めるので、当てるまでのセットアップをどうするかだ。
まずは浅い当たりで<よし>とし、深追いを自重するのか、それとも最初から圧を高めて当てに行くのか…井上のジャブをめぐる攻防は、この試合の見どころになる。
さらに、十八番のボディショットをどう使うか。
ドネア戦では、左フックのカウンターを警戒して、後半まであまり使うことができなかった。カシメロにも強い左フックのカウンターがあるので、不用意に使うと危ない。反撃のないタイミングで打ちたい。
1つの折衝がチェスの1手になり、初回からの1手1手の積み重ねが結果を導くことになる。最終的には、冷静に思考し、負けない手を指した方が勝つ…というチェスマッチになるだろう。
まとめ
井上尚弥のカシメロ戦を予想してみた。
結論は、ボクシングIQの高い方が勝つ、ということだ。
総合力では井上がやや勝ると思う。だが、明確に井上が勝る、という点が見いだせない。
オフェンスは五分、ディフェンスも五分。差があっても僅差だろう。スピードは井上だろう、とする見方が多いが、ショートレンジのパンチのスピードや踏み込みのスピード(と迫力)は、カシメロに分があるかもしれない。
※対ドネアでは明らかにスピードで勝っていたが、今回はそうではない。
井上はパンチをもらうので心配だ。あれほど警戒していたドネアの左フックをもらい、軽いので目立たないが、マクドネル、ロドリゲスにもカウンターをもらっている。パンチの強いカシメロにカウンターをもらうと、そこで試合が終了することもある。
こういう懸念を吹き飛ばしてカシメロに快勝するようであれば、井上のPFP上位選手としての立場は強固になる(そう願いたい)。井上のボクシングIQが試される試合になりそうだ。
我慢すべきところは我慢し、負けない手を指し続ければ、井上が勝つだろう。
今回の記事:「井上尚弥のカシメロ戦を予想する」