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無駄なプライドは捨てた方がいいんじゃない?

まずい状態…隣の芝生が青く見える理由4つ

隣の芝生が青く見える…ということがないだろうか。

人でもモノでもそうだが、自分が持っていないもの(すなわち、他人がもっているもの)、自分と距離がある人やモノが実際以上に良く見える…ということはあると思う。人であれば、付き合ってみてがっかりした…ということがないだろうか(笑)。たまに少し感じる…ぐらいなら大した害はないが、そういう感情に支配されているのであれば問題だ。

今回は、隣の芝生が青く見える理由について書いてみたい。

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 目次

 隣の芝生は青い

「隣の芝生は青い」という表現がある。

日本のことわざかな…と思っていたのだが、どうやら違うようだ。「The grass is always greener on the other side of the fence.」というのが原文で、それを単に訳しただけのようだ。

たしかに日本では、一軒家でお隣さんがいても、庭に芝生が並ぶ…というシチュエーションは考えにくい(笑)。海外ではアパートでも、1階に芝を敷き詰めている…というケースが普通にある。「隣の芝生は青い」は、海外のそのような状況から生まれたことわざなのだ。

※日本にも、「隣の花は赤い」という同様のことわざがある。

・「隣の芝生は青い」の意味

それはさておき、このことわざの意味だが…

他人のものは自分のものより良く見える…という意味だ。具体的には、他人の方がいい生活をしているように見える、自分より幸せそうにみえる・充実した生活を送っているように見える、能力に恵まれているように見える…といったところだろうか。

たとえば、ある商品を比較検討して買ったとしよう。買ったあとも、比較した他の商品と比べると、「自分が買った商品がいい…」という気持ちは変わらない。だが、買う前に比較しなかった(自分の好みと一致する)良さげな商品が目に入ると、その商品が実際に買ったものよりも、「よく見えてしまう」ということがある。この現象も、「隣の芝生は青い」に通じるものだ。

 距離の違いが錯覚を生む

距離の違いが錯覚を生む、ということがある。

芝生の例でいえば、自分の庭の芝生のことは近くから毎日見ているのでよく知っており、芝生が剥げた部分や枯れている箇所のこともよく知っている(欠点を見つけると、それが意識に強く刷り込まれてしまう)。だが隣りの芝生のことは、遠目から斜めにざっと見るだけなのでよく知らない(欠点を見つけるまでに至らない)。そのため、自分の庭の芝生よりも、隣りの庭の芝生の方がキレイだね…という印象になるのだ。

心理的な距離の話もある。

先に述べた商品を買った例だ。商品を買ってしまうと、その商品と心理的な距離が縮まる。心理的な距離が縮まると、それまでは客観的に評価できていたとしても、そうできなくなるのだ(客観的に評価するためには距離が必要)。そうなっても、評価を上げる方に進めばいいが(笑)、実際は評価を下げる方に動いてしまう。なので、ほかのものが「よく見えてしまう」ということになる。

 良い部分しかみていない

良い部分しか見ていないので、隣の芝生が青く見えてしまう。

日当たりなどの外的な条件が同じなのに、隣の芝生の方が美しいのであれば、隣りの人は芝生の手入れをしているのだろう。こまめに芝生を刈ったり、肥料を入れたり、芝生が禿げたところには、種をまいているのかもしれない。そうであれば、隣の芝生が青いのは当たり前のことだ。

彼(女)の方が、自分より「能力に恵まれているように見える…」と感じることがあると思う。学生であれば、「あの人はどうしてあんなに成績がいいのだろう…」と、うらやましくなることもあるだろう。だが単純に他人を「うらやましい…」と思う人は、良い部分しか見ていない

すばらしいパフォーマンを示せる…という人は、見えない部分で相当の努力を積み重ねている。そのことが見えていないのだ。たとえれば、シンクロの演技の水面から上の部分だけを見ている…ということだろう。もっといえば、それまでの厳しいトレーニングのことを想像だにしていない。

天才と呼ばれる人でも、裏で大変な努力の積み重ねがあるのだ。

ぼくは、3歳の時から練習を始めています。3歳から7歳までは半年くらいやっていましたが、3年生の時から今までは365日中360日は激しい練習をやっています。だから、一週間のうちで友達と遊べる時間は5~6時間です 
出典:イチローの小学6年生のときの作文

イチローはバッティングセンターの費用だけで、月に5万円以上かけている。

これは常識では考えられないぐらいの金額だし、その金額に達するということは、大変な努力をしている…ということになる。イチロー本人だけではなく、お父さんの協力(努力)も大変なものだったのだ。※裏を想像すると、嫉妬の感情を抑えることができる。

 他人と比較する気持ちが強い

他人と比較する気持ちが強いと、「隣の芝生は青い」となりやすい。

このブログではよく、他人と比較しない方がいい、他人と比較したければ、自分と比較すればいい…ということを書いている。それはそのとおりだが、他人との比較がプラスに働く場合もある。

たとえば、「ライバルがいれば、自分も頑張れる」ということがある。将棋には「羽生世代」と呼ばれる強い集団がいるが(40代でも活躍している)、これは「あいつが頑張っているからオレも…」ということで、同世代の棋士が競い合って頑張った結果、その強力な集団ができたのだ。お互いに相手を引き上げた…ということだろう。

だが、他人と比較する気持ちが強すぎるとよくない

自分のモチベーションが落ちたときなどに、「あいつが頑張っているからオレも…」と意識して頑張ることはいいのだが、四六時中他人との比較をしていたのでは、まったくダメだ。そのタイプの人は、「隣の芝生は青い」と落ち込みやすくなるのだ。

 ネガティブな感情がある

ネガティブな感情が強いと、「隣の芝生は青い」となりやすい。

たとえば、「何か不満を感じている」ということだ。「生活の水準が低い」、「収入が低い」、「欲しいものが買えない」、「生活が充実していない」、「モテない」、「自分を出せない」、「才能がない」、「何かむなしい」…などの不満を感じていれば、他人に嫉妬しやすくなる。

不満というのは火種なので、それがあればあるほど嫉妬の火がつきやすくなってしまうのだ。もし他人と比較する意識の高い人であれば、しょっちゅう「隣の芝生は青い」となり、心が休まらないだろう(笑)。

・自信を失っている

自信を失っていると、「隣の芝生は青い」となる。

自分に自信がないと、まわりから自分だけが凹むという状態になり、まわりのことが相対的に良く見えてしまうのだ。「自分はこんなにダメなのに、あいつらはいいよな…」となってしまう。

自分が自信を失うにつれて、隣りの芝生の青さがどんどん増していく(笑)。自分の自信度と隣りの芝生の青さは反比例しているのだ。このあたりの関係を注意してみると、おもしろいだろう。

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 「隣の芝生は青い」を変える

「隣の芝生は青い」を変えるためには、どうすればいいのだろうか。

ひとつは、「錯覚がある」、「理解していないことがある」ということを知ることだ。手元にあるものや近くからながめるものについては、正当に(客観的に)評価をしていない可能性がある。距離が近いものについては、不当に価値を低く見ていることがあるので、その認知の歪みを補正することだ。

また、「自分は他人のいいところしか見ていない」ということを自覚した方がいい。たとえば、大企業に勤めている人をみて、「一流の企業に勤めていていいな…」と思うかもしれないが、一流の企業であれば優秀な人材が多く社内での競争が大変になる。同期や後輩が上司になり、複雑な思いを抱えながら仕事をしている人もいるし、転職するわけではないのに、(自分の意に反して)入社した会社とは違う名前の会社で働くことになる…という人もいる。

すべてが順風満帆ということはないのだ。

・自分の芝生の世話に集中する

他人の芝生がどうこうではなく、自分の芝生の世話に集中したい。

先に書いたように、 他人と比較したければ、自分と比較すればいいのだ。ブログを書くことでいえば、数か月で数十万PV達成!みたいな人と自分を比べても仕方がない。むなしくなるだけだ(笑)。これまで節目で、自分のブログに関する記事を書いてきたが、それは後で見返して比較するためでもある。それらを見返すと、現時点でも当時より「成長しているな…」と思う。そういうことでいいのだろうと思う。

自分のモチベーションが落ちたときなどに、「あいつが頑張っているからオレも…」と意識することは構わない。自分の記事にスターやブクマをつけてくれた人のブログを訪問して、「頑張っているな、自分も頑張らないと…」と思うことはいい。そのことが比較と言えるかどうかわからないが、比較と言えるのならば、他人との比較はその程度の比較にしておきたい。

基本は、自分のことに集中する、ということだ。

 まとめ

今回は、隣の芝生が青く見える理由について書いた。

今回の記事で書いた隣の芝生が青く見える理由は、1)距離の違いが錯覚を生む、2)良い部分しかみていない、3)他人と比較する気持ちが強い、4)ネガティブな感情がある、の4つだ。

ひとことで言えば、「認知の歪みから隣りの芝生が青く見えることが多い」ということだ。なので、(本当は青くない)隣の芝生を青く見えないようにするためには、認知の歪みを正してやればいい。「そんなことは面倒だ!」という人は、ひたすら自分のことに集中することだ。他人の庭の芝生を見なければ、それが青く見えることはない。