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不器用な生き方をやめたい

無駄なプライドは捨てた方がいいんじゃない?

自分の気持ちや考えを伝える方法|もっと相手に伝えるためには?#2

先日、「もっと相手に伝えるためには?」というテーマで記事を書いた。

そのときは、伝えたいことを明確にすること、相手にも聞きたい話がある、ということを書いた。相手に伝えるためには熱意が必要で、熱意を持つためには、伝えたいことを明確にする必要がある。だが、「自分が、自分が」という独りよがりでは、相手に伝わらない…ということだ。

今回は、その第二弾を書いてみたい。

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 「伝えたいこと」は絞った方がいい

「伝えたいこと」は絞った方がいい。

これは、第一弾の記事でも書いたことだ。

おそらく一番大事なのは、「自分が伝えたいこと」を明確にすることだ。
この「伝えたいこと」が今ひとつ曖昧だったり、自分の中でキチンと整理できていない場合は、当然だが相手には伝わらない。自分がよくわかっていないことを、相手に伝えることはできないのだ。
出典:もっと人に伝えるためには?人に伝える方法

まずは、「最も伝えたいことは何か?」を明確にすることだ。

さらに…よく話の上手な人が、「これから3つのことを話します」と断ってから話し出すことがあるが、話し言葉では3つぐらいがちょうどいいのかもしれない。多くても4つだ。話し言葉や書き言葉の構成などに、「序破急」、「起承転結」というものがあるが、これらも3つと4つのパートから成る。

項目が5つ以上だとどうしてもボケてくる。

話をきいた後に、「あれ、二つ目は何だっけ?」、「三つめは?」ということになりやすいのだ。私は、ブログを書くときもこの点に注意している。最後のまとめ以外の項目は4つまでというルールを一応作っている。守れているだろうか(笑)。

 「わかりやすさ」を優先した方がいい

伝えるときは、わかりやすさを優先した方がいい。

正確に物事を伝えようとすると、話が細かく長くなり、「わかりにくくなる」と感じたことがないだろうか?「厳密さ」を求めれば、場合によっては、使う言葉の定義まで説明する必要があるかもしれない。ある意味、「正確さ」と「わかりやすさ」というのは、トレードオフの関係にあるのだ

正確さにこだわって細かく話をしだすと、全体の絵が見えなくなってしまう。カーナビのマップを拡大したときのようなものだ。マップを拡大すれば細かい部分は明確になるが、全体像が失われる。「あれ、ここは全体のどのあたりだっけ?」というようなことになるのだ。

なので、基本的には「わかりやすさ」を優先しながら、大事な部分は「正確さ」にも留意して伝えるのがいいのではないかと思う。カーナビでいえば、普段は引きの絵にしておき、大事なポイントや目的地に近づけば、ズームの絵に切り替えるということだ。※相手の反応を見ながら切り替える。

このあたりの切り替えが上手くできるようになれば、「伝わる」可能性が高くなる。

 自分の方が詳しければ…

自分と相手の間に知識や経験の点で「差」があることがある。

たとえば、ある話題については、自分の方が相手より知識が多いかもしれないし、別の話題については、自分より相手の方が知識が多いかもしれない。この関係は、(たとえば夫婦間でも)話題により動的に変化する。お互いさまなのだ。

なので…もし、その話題について、自分の方が知識(経験)が多ければ、自分から相手のレベルまで降りていくべきだ。そのとき、「そんなことも知らないのか…」という相手を見下すような態度をとることは最悪だ。そのような態度がチラッと見えただけで、相手は態度を硬化させる。そうなれば、もはや伝わるものも、伝わらなくなってしまう。

他人に対し、優越感や劣等感を感じやすい…という人は、特にこの点に注意してほしい。「そんなことも知らないのか…」と思い相手を見下すのは、そういうタイプの人だからだ。

 相手の感情に配慮する

当然だが、人には感情がある。

たとえば、上で述べたように、「そんなことも知らないのか…」という態度を相手に匂わしてしまうと、相手は態度を硬化させ、聞く耳をもたなくなってしまう。

それは、「自尊心」が傷つけられた…と感じるからだ。

たとえば、相手が(あなたから)尊重されずに軽くみられた、バカにされた、否定された…と少しでも感じれば、アウトなのだ。また、人には以下のような「承認欲求」というものがある。

人間は他者を認識する能力を身につけ、社会生活を営んでいくうちに、「誰かから認められたい」という感情を抱くようになる場合が多い。この感情の総称を承認欲求という。
出典:ウィキペディア

要するに、他者から「認められたい」という欲求のことだ。

人間ができた人は、自己承認のチカラが強いので、他人からバカにされた…と感じても大したダメージは受けないが、大抵の人はそうではない。他人から(自分は)「認められていない」と感じると、欲求が満たされず(シッシと門前払いされたような感覚に陥り)不快に感じるのだ。

このような人の感情には、配慮する必要がある。

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 まとめ

「もっと相手に伝えるためには?」というテーマの第二弾を書いた。

まずは、最も伝えたいことは何か?を明確にして、「伝えたいこと」を絞った方がいい。

項目数としては、3~4つが適当だろうと考える。話して伝える場合は、3つがいいだろう。書いて伝える場合は、4つでもいい。5つ6つとなると、受け手が頭の中で上手く整理できなくなるのだ。なので、せっかくの話が(受け手の頭の中で)ぼやけてしまい、結果的にクリアに伝わらないのだ。

※話す場合は、書く場合よりシンプルにする。

わかりやすさと正確さがぶつかったときは、(基本的には)「わかりやすさ」を優先した方がいい。正確さを多少落としても伝わるが、わからないと全く伝わらないからだ。したがって、基本的には「わかりやすさ」を優先しながら、重要な部分は「正確さ」にも留意して伝えるのがいいのではないかと思う。相手の反応や理解度を確認しながら、「わかりやすさ」と「正確さ」を使い分けることも必要だ。

最後に、相手の感情に配慮しながら伝えることを意識したい。

人には「承認欲求」というものがある。他者から「認められたい」という欲求のことだ。要するに、(大抵の人は)他人から「認められていない」と感じると、不快に感じるのだ。たとえば、大学などではたまに、学生を見下すような口調で話す職員や教授がいる。このような態度では、相手を不快にするだけで、伝わらないということだ。

↓ 第一弾と合わせてお読みください。

self-esteem.hatenablog.jp