不器用な生き方をやめたい

無駄なプライドは捨てた方がいいんじゃない?

日常で見つけた因果関係とは

ある日、雨上がりの道路のわきを歩いていると、肩に水滴が落ちてきた。

ふと、道路を見ると、アスファルトの上に「水たまり」がたくさんある。左右を比べてみると、私が歩いている左側に、水たまりがたくさんできている。ここで疑問が生じる。

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 この結果の原因は何だろう?

「この左右の水たまりの差は何だろう?」

素朴な疑問を持つ。左側の方がアスファルトの(工事などによる)凹凸が多く、水がたまりやすくなっているのだろうか?道路自体が全体的に左側に傾斜しているため、左側に車の重みがかかり「わだち」ができやすくなっているのだろうか?と、歩きながら脳内で仮説を立てる。

ふと、(視点を変えて)上を見上げると、左側だけ電線が走っている。

そして、電線から水滴がときどき落ちてくる。「あーそうか、電線から落ちる水滴で水たまりができているんだ…だから、右側より左側に水たまりがたくさんできているんだ」と気づく。雨が上がってしばらくは電線から水が供給されるため、その下には水たまりができやすくなるのだ。

日常における、ある「原因 ⇒ 結果」の「因果関係」を認識した瞬間である(笑)。

 因果関係とは?

「原因 ⇒ 結果」の関係が、因果関係である。

A(原因) ⇒ B(結果)であり、一方通行の関係だと覚えてしまえばいい

たとえば、「食事を抜いた」、「お腹がへった」という二つの事実があるとする。食事を抜いたことが原因でお腹が減ったのであれば、この二つの事実には因果関係があると言える。

もう少し因果関係のハッキリした例でいえば、「リモコンの電源ボタンを押した」、「テレビがついた」という二つの事実の関係だ。テレビのリモコンの電源ボタンを押したから、テレビがついたことは明らかだ。なので、この二つの事実には因果関係があると言える。

※因果関係では、「原因 ⇒ 結果」がキレイに成立する。

 相関関係とは?

では、相関関係とは何だろう?因果関係と間違いやすいのが、相関関係である。

相関関係は、AとBとの間には何らかの関係がある、というレベルの関係だ。何らかの関係がある、という大きな枠組みなので、偶然~因果関係まで幅広く含むことになる。

・相関関係を「因果関係」にしたい気持ちがある

人には、相関関係を「因果関係」と捉えたい…という気持ちがある。

ひとつには、因果関係があれば、それを「法則化」できるためだ。法則化できれば、人に話したり、ブログに書いたり、本を書けたりする(多くの人に通用する話になるためだ)。人を魅了するアウトプットができる、ということだ。なので、人は因果関係を求める傾向にある。

相関関係は、二つの事象の間に連動性が高いということを言っているだけなので、一般的には「それで?」ということで終わってしまいますが、因果関係であれば成功法則化できます。だから人はこの因果関係を追い求め、より好むわけです
出典:http://a2i.jp/activity/mailmagazine-column/18204/

たとえば、○○を食べている人は、病気になりにくい。

こういう話を(自分が信用する)メディアを通じて耳にすると、○○を食べているから(原因)、病気になりにくいのだ(結果)…と、自動的に考えてしまう。言葉どおり素直にとって、因果関係だと勝手に解釈してしまうのだ。

ここにある事実は、「病気になりにくい人たちがいる」、「その人たちは○○をよく食べている」というものだ。この二つの事実の間に、因果関係があるかどうかはわからない。

たとえば、○○の代わりに××を食べても、病気になりにくいままかもしれない。また、病気になりやすい人たちも○○をよく食べているかもしれない。※因果関係か否かは、不明なのだ。

・学歴の高い人は仕事ができる?

学歴の高い人は仕事ができる、も同様だ。

この場合の事実は、「仕事ができる人たちがいる」、「その人たちの学歴は高い」というものだ。この二つの事実の間に因果関係があるかどうかはわからない。たとえば、大企業のホワイトカラーを対象にして調査をすれば、仕事ができる人もできない人も学歴が高いはずだ。

また、仕事ができる ⇒ 学歴が高くなる、という逆のパスもなくはない。社内の制度を利用して大学院に進学し、学歴を高めることが可能だからだ。※仕事のできる人が選抜される。

 因果関係かどうかチェックする

小難しいことは抜きにして、簡単に二つの事実の関係が因果関係かどうかチェックしたい。

1)時系列で「原因 ⇒ 結果」の関係になっているか?
2)「原因 ⇒ 結果」のプロセスを合理的に説明できるか?
3)疑似相関の可能性はないのか?

1)は、原因があって結果が生じているかどうかだ。

「食事を抜いた」、「お腹がへった」という例では、「食事を抜いた」という事実が先になくてはいけない。2)は、「原因 ⇒ 結果」のプロセスを合理的に説明できるかどうかだ。冒頭に述べた水たまりの例では、ここが合理的に説明できたため、因果関係だと確信できた。

※合理的かつシンプルに説明できるかどうかだ。

3)は、広い意味でただの偶然にすぎない…という可能性である。

これは、原因が別にある、というケースも含む。原因と結果に対して影響を及ぼす「第三の変数」がある時、相関がありかつ因果があるように感じることがある。

たとえば、

ある街でのアイスクリームの売り上げを考えてみよう。アイスクリームの売り上げが最も高い時期には、プールでの溺死事故も最も多い。アイスクリームの売り上げ増が溺死増の原因(あるいは結果)であると主張することが、2つの事象間の擬似相関を暗に想定していることになる。実際には、猛暑が両方の原因であろう。猛暑は見えない潜在変数の例である
出典:ウィキペディア

機械的にみると、アイスクリームの売り上げがプールでの事故の原因になっている…と考えられなくもないが、原因と結果の関係が合理的に説明できないので、因果関係ではない。アイスクリームを食べることにより、身体の動きが悪くなり溺れやすくなる…という事実でもあれば別だが。

このように、第三の変数が原因である、ということがある。

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 まとめ

今回は、因果関係について書いてみた。

それが相関関係なのか、因果関係なのか…そこは自分の頭でよく考えたい。

因果関係が成立する条件は、

1)時系列で原因 ⇒ 結果の関係になっている
2)原因 ⇒ 結果のプロセスを合理的に説明できる
3)疑似相関の可能性はない

ということだ。

たとえば、ブログでもそうだ。これをやったから、あれをやったからアクセスが伸びた…という話にいとまがない。因果関係らしきものもあれば、そうでないものもある。ここは、何が正しいのか自分で判断するしかない。他者からの情報は、鵜呑みにしないことが大切なのだ。

ブログの話に限らず何でもそうだが、外から入ってくる情報は、まず筋のいいもの・悪いものに選別する。この時の選別基準のひとつは、「原因 ⇒ 結果」のプロセスを合理的かつシンプルに説明できるかどうか?になるだろう。そして、筋のいいものの中から、いくつかピックアップして実践しデータを取る、ということになる(因果関係の有無を調べるため)。

要は自分の頭で考え、確認することが大事なのだ。