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不器用な生き方をやめたい

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自分の意見を明確にする|ブログ記事の質を上げる方法#3

ブログに関する秘話

前回の「ブログ記事の質を上げる方法」の第二弾では、「差別化」について書いた。

今回は、ブログ記事の質を上げる方法の第三弾として、「ポジションを取ること」について書いてみたい。「ポジションをとる」というのは、自分の意見を明確にするということだ

これは、ブログ記事の質を上げる(おもしろくする)ためには必要なことだ。※ここでは、ブログの質を上げる≒読者にとって興味深いものにする(おもしろくする)とする。

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 素材だけではつまらない

文章は素材だけを並べても、おもしろくならない。

たとえば、普通の「できごと」をそのまま書いてもおもしろくないし、普通の「情報」をそのまま書いてもつまらない。スペシャルなできごとや情報であれば別だが、そんなすごいネタはそうあるものではない。所詮「できごと」や「情報」というのは、素材にすぎないのだ。

素材だけでおもしろくしようとすると、ウンとハードルが高くなる。

たとえば、「できごと」であれば、そのできごとについて自分がどう思ったのか(解釈したのか)、そのときどう感情が動いたのか、何を考えたのか、何か学んだことがあったのか…など、ブログの書き手のフィルターを通して(そのできごとから)出てきた主観的なものに価値があるのだ

情報であれば、その情報をコンテンツの中でどのように使うのか…が問題になる。情報をメインで構成する場合は、その情報の(読者があまり意識していないであろう)すごさや有益さを解説したり、こんな使い方ができるという独自の提案をしてみたり…という部分に価値が生じる。

単にこの情報を知っていますので紹介します…という話であれば、余程価値のある情報でなければ、おもしろいとは感じてもらえないだろう。価値のある情報とは、たとえば、ニーズがあるけれどググってもほとんど出てこない情報などだ。

つまり通常は、どこにでもある素材を自分で加工し、自分なりの付加価値をつけないと、おもしろくならないのだ。そういう意味では、料理と共通点があるだろう。

 明確なポジションをとることが大事

記事の中で、書き手が明確なポジションをとることが大事だ。

先に述べたように、「ポジションをとる」というのは、自分の意見を明確にするということだ。「自分を前に出す」としてもいいだろう。これをしないと、記事がおもしろくならない。

自分のポジションをとらず、一般論に終始した無難な記事はおもしろくない。どこか他人行儀で、書き手の個性がみえないからだ。多くの読者に支持されているブログというのは、たいてい書き手の個性がよくみえるものだ。それは、書き手がポジションをとっているからにほかならない。

あなたは、どこか他人行儀であいまいな人に魅力を感じるだろうか?魅力的な人というのは、自分を表に出しているものだ。表情豊かで(他人の働きかけに対し)リアクションもしっかりとれる。その「押し出し」が明瞭さを生み、人を惹きつけるのだ。ブログの記事にしても同様だ。

・思考をスタートさせるスイッチになる

明確なポジションをとることが、思考をスタートさせる。

「自分はこう思う」というポジションをとって初めて、それをどのように読者に伝えればいいのか、どう伝えれば説得力が増すのか、主張の根拠をどうするのか、主張に対する説得力のある反論はないのか…など自ら考え出すのだ。ポジションをとるということが、思考をスタートさせるスイッチの役割をはたすのだ。私は、このスイッチが入った後の、知的なプロセスが記事の質を上げることになる、と考えている

余談になるが、「トイ・ストーリー」シリーズを制作したピクサー・アニメーション・スタジオには、「プロセスを信じよ」という言葉がある。これに倣って、知的なプロセスが記事の質を上げることになる、と信じてみてはどうだろうか。

 摩擦を避けてはいけない

表現する以上、必要以上に摩擦を避けてはいけない。

他人から批判されるのが嫌なので、あえて自分の意見を抑えるという人がいるが、もったいない話だ。他人と意見の相違がある…というのは当たり前のことだ。なので、(自分が意見をいえば)違う意見の人から批判されることもあるだろう。それも当然のことだ。そして、それを恐れる必要は全くないのだ。

以前この記事を書いたとき、

self-esteem.hatenablog.jp

それは違うのでは?という実体験に基づくコメントをいただいた。

コメントの内容は、私の記事の内容に対する批判になるのかもしれないが、私は何ら不快な思いはしていないし、逆にそのような意見をいただけるのは「ありがたい」と思った。たとえ批判的な意見でも、真面目な意見であれば、インプットになるのだ。そして、そのインプットから気づきが生じることもある。

他者との摩擦がなければ、気づきもないのだ。

 あいまいになったら、仮のポジションをとってみる

あいまいになったら、仮のポジションをとればいい。

記事を書き始めたはいいが、そのテーマに関する自分の考えが、よくわからなくなることがある。森の上からみて進路を取っていたつもりが、気がつくと進路をロストし木々の合間をさまよっているのだ。そんなときは、仮のポジションをとってみてもいい。上で、ポジションをとるということが、思考をスタートさせるスイッチの役割をはたす…と書いたが、仮のポジションでも同様の効果が期待できるからだ。

実際に思考を深めてみると、そのポジションが間違っていた…ということは普通にある。そう感じたときは、ポジションを変更すればいいのだ。自分がとったポジションにこだわって、都合のいい情報ばかりを集める…というのではダメだ。頭は常に柔軟にしておく必要がある。

自分のポジションが間違っていたら、自分はセンスがない…と思うかもしれない。だが実は、ポジションが間違っていた…と感じることはいいことなのだ。自らの考えが進んだ、深くなった…と肯定的に考えるべきことなのだ。自分の考えが進化(深化)すれば、書く記事の質が上がるからだ。

 まとめ

ブログ記事の質を上げる方法の第三弾として、「ポジションを取ること」について書いた。

「ポジションをとる」というのは、自分の意見を明確にするということであり、ブログ記事の質を上げる(おもしろくする)ためには必要なことである。

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「できごと」や「情報」というのは、素材だ。料理の素材だけをみても、「おいしそう」とはなかなか思えないだろう。それと同じで、素材だけで記事をおもしろくしようとすると、ハードルがかなり高くなる。つまり、素材を加工し、自分なりの付加価値をつけないと、おもしろくならないのだ。

記事をおもしろくするために何が必要かというと、ひとつには「ポジションをとる」ということだ。自分の意見を明確にするということだ。「自分を前に出す」と形容してもいいだろう。

先日、ブログの読者数によるランキングのエントリーが上がっていたが、多数の読者に支持されているブログというのは、書き手の個性が際立っている。それは、書き手がポジションをとっているからにほかならない

「自分はこう思う」というポジションをとって初めて、あれこれ考える思考がスタートする。ポジションをとるということが、思考をスタートさせるスイッチの役割をはたすのだ。私は、このスイッチが入った後の知的なプロセスが、記事の質を上げることになる、と考えている。

他人から批判されるのが嫌なので、あえて自分の意見を抑えるという人がいる。これは、自ら切れ味を鈍くしているに等しく、もったいない話だと思う。自分が意見をいえば、それに反論する人も出てくるだろう。それは当然のことで、むしろ歓迎すべきことだ。他者の意見との摩擦により自分の考えがブラッシュアップされる…ということは普通にあることだ。

また、摩擦がなければ、新たな気づきもないのだ。

 ブログ記事の質を上げる方法シリーズ

こちらも合わせて読んでみてください。

self-esteem.hatenablog.jp

self-esteem.hatenablog.jp