不器用な生き方をやめたい

無駄なプライドは捨てた方がいいんじゃない?

本質とは何か…をよく考えた方がいい

本質とは、ものごとの根本的で最も大事な性質、ということだ。

ものごとや出来事を正しく解釈するためには、「本質を見抜くこと」が必要になるのだろうと思う。本質を見抜けず、枝葉の部分に囚われていると、判断を間違うことになるのだろう。

※本質を見失い、枝葉の部分に囚われると、時間も浪費してしまう。

今回は、本質を見抜く方法について書いてみたい。

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 いろいろな角度から考える

本質を見抜くためには、いろいろな角度から考えることが必要になる。

有名なだまし絵で、見方によって、「老婆」とも「若い娘」とも解釈できる絵がある。
なぜ、見方に違いが生じるのかと考えてみると、ひとつには、「老婆」としてみたときの、「目」がポイントであることがわかる。そこの部分を「目」として見ると、老婆に見え、「耳」として見ると、若い娘に見えるのだ。
出典:ものごとや出来事の本質を見抜く方法

このだまし絵のポイントは、老婆として見たときの「目」だ。そこを「目」と解釈すると老婆になり、「耳」と解釈すると若い娘になる。自分の解釈次第で結果が変わる、ということになる。

このように、見方を変えれば、結論が変わる…ということがある。

・時間軸と空間軸を伸ばして考える

本質を見抜くためには、時間軸と空間軸を伸ばして考えることが必要だ。

私もそうだが、何も意識していないと、自分の関心がある時間や場所の範囲内で、ものごとを考えようとしてしまう。(自分の都合のいい)限られた狭い範囲で、ものごとを考えようとしてしまうのだ。そして、自分では「狭い範囲で考えている」ということに気がついていない。

なので、私は時間軸を伸ばすため、古い本も読むようにしている。

たとえば、経済であれば必ず循環する。良い時があれば悪い時が必ずある。
今が良い時であれば、次に来るのは悪い時だ。では、前回の悪い時はどうだったのかと考え、昔の書物をあたってみる。もちろん、前回の悪い時とこれから予想される悪い時は同一ではない。さまざまな条件が異なるので、同じではないのだ。
それでも、昔の書物から何らかの示唆を得ることができるのだ。
出典:おもしろい意見を出す人の思考の秘密

簡単にいえば、「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」ということだ。

※人の心理をベースにした動きなどは、昔も今もそう変わるものではないのだ。

チェスのB.フィッシャーは、彼よりかなり前の世界チャンピオンであるスタイニッツの棋譜を徹底的に研究したそうだ。すでに時代遅れの棋譜だと考えられていたそうだが、その研究により、大きく実力を伸ばしたと言われている。
出典:もっといい読書をする方法#2

時間軸を伸ばして考え、新たな知識や洞察を得る、ということは可能だ。

実際に、チェスのフィッシャーは、彼よりかなり前の世界チャンピオンであるスタイニッツの棋譜(時代遅れの記譜)を徹底的に研究することにより、大きく実力を伸ばしたとされている。将棋の棋士でも、大山康治十五世名人の棋譜で勉強する…ということがあるだろう。

※今では古典的な記譜、ということになるが、勉強になるはずだ。

・自分の常識から離れる

いろいろな角度から考える、ということは、自分の常識から離れる、ということでもある。当然のことだが、自分の常識に囚われていたのでは、いろいろな角度から考えることができない。

かつて常識と言われていたもので、現在は否定されていることがある。たとえば昔は、運動部の練習中に、「水を飲んではいけない」とされていた。なぜか、こんなことが常識だったのだ。

※テニス選手は水泳をしてはいけない…みたいな、おかしな常識もあったと思う。

また、株式投資の例でいうと、

現在は、売買益をとるために、「ロスカット」をすることが常識になっている。ロスカットをすることで、損失を最小限に抑えることができるので、トータルではプラスになる…という理屈だ。

この理屈は正しい。負け戦からは早急に撤退することが肝要だ。

だが、「ロスカット」を必要としない投資の方法もあるのではないか(負け戦をしない方法は…)と考えることで、ロスカットをしなければいけない、という常識から離れることができる。これは、負け戦を前提とするのではなく、最初から負け戦はしない…という発想だ。

常識から離れることで、新たなことが見えてくる…ということはあるのだ。

 論理で的を絞る

論理の力を使って、本質に迫ることができる。

ドル円の基調が、円安から円高に反転したのは、昨年のことだ。

私の記憶では、その前から「円高への反転が近い」と意見を述べていた人がいた。中には、説得力のあるロジックで「円高への反転が近い」とする結論を導き出していた人がいたと思う。

※フライング気味の人もいたが(笑)、時期をピタリと当てるのは困難だ。

また、リーマンショックの前にも、「これはまずいことになる」と警鐘を鳴らしていた人がいた。これも、時期をピタリと当てるのは困難なのだが、論理の力を使えば見えてくることがある。

※論理の力で的を絞る、ということだ。

テレビをみながらコップに水を注いでいるとしよう。それを横で見ている人は、水の量がコップの八分目を過ぎると、「危ないな」と思うはずだ。しかし、当の本人は現状に気付かず、そのまま水を注ぎ続ける。そして、水がコップからあふれると、そこで初めて気が付く…というものだ。
出典:ものごとや出来事の本質を見抜く方法

このように、多くの人は問題が顕在化してはじめて重大さに気がつくことになる。ドル円や株の場合も、反転急落して、はじめてあわてる…ということだ。この場合は、論理の力を使えていない…ということになる。

しかし、鹿威しの片側に水がたまり、傾いてきているな…というのは、論理の力でわかると思う(感覚でもわかるかもしれない)。もちろん、いつ反転してカツーンという音がするのかを正確に予測することはできないが、その方向に進んでいる…ということはわかるはずだ。

・海で流されたら…

海で流されたボートを発見するときのことを考えてみよう。

ボートがどこにいるのか、を探るためには、潮流や風向、経過時間などを考えなければいけない。これらのデータを入れてシミュレーションすれば、おおまかではあるが、居場所が推定できる。

なので、そこのエリアを重点的に捜索すれば、見つかる可能性が高い。

これは、論理で的を絞る、という例になると思う。

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 シンプルに考える

ものごとは、シンプルな論理で説明できるものだ。

あなたは、「オッカムの剃刀」という法則をご存じだろうか。

ウィキペディアによると、「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」とする指針、だそうだ。「物事をシンプルに捉えよう」という指針、思考法のことだ。

モデルを複雑にすると、「過適合」という状態になるそうだ。

統計学機械学習の分野では、モデルの複雑さとデータへの適合度とのバランスを取るために、オッカムの剃刀的な発想を利用する。
ある測定データが与えられたとき、一般に、統計モデルを複雑にすればするほど、その測定データをうまく説明できる。しかし、そのようなモデルは、不必要に複雑なモデルであり、計算することが困難であるばかりでなく、過去のデータに過剰に適合してしまい、未来のデータを説明できなくなってしまう(過適合)。
出典:ウィキペディア

過適合になると、本質とはズレてくるのだと思う。モデルを複雑にすれば、測定したデータを上手く説明できるようになる。だが、我々が知りたい本質とは、かい離するのだろうと思う。

そのため、予測の精度が落ちてしまうのだ。

・修飾を取り除く

修飾を取り除くと、シンプルになる。長くて小難しく感じる文章でも、修飾部を取り除くとシンプルになる。修飾部は、枝葉の部分なので、取り除いても本質を損ねることはないのだ。

「修飾」というのは、自分の感情などによるものも含む。

たとえば、全く同じ発言であっても、あなたが発言者に対しどのような感情を抱いているのか…により、受け取り方が変わってくる。また、自分のコンディションや精神状態によって、受け取り方が変わる…ということもある。つまり、自分で「修飾」をしている、ということになるのだ。しかし、このような余計な修飾があると、本質を見極めることがむずかしくなる。

なので、修飾を取り除く、という意図的な作業が必要になるのだ。

 まとめ

今回は、本質を見抜く方法について書いてみた。

今回の記事で述べたのは、1)いろいろな角度から考える、2)論理で的を絞る、3)シンプルに考える、の3つだ。最初の「いろいろな角度から考える」は、たとえば、「時間軸と空間軸を伸ばして考える」、「自分の常識から離れる」という手段が有効だ。

どちらも自分の居心地のいい場所から離れて思考する…という作業になり、やりにくいことだが、難易度が高いことだからこそ、他の人が気づかない本質に迫ることができるのだろうと思う。

この手間は、かけて損のない手間になるだろう。