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不器用な生き方をやめたい

無駄なプライドは捨てた方がいいんじゃない?

堀江貴文さんの本「ゼロ」を読んだ感想#2

時事書評・スポーツ

堀江貴文さんの本「ゼロ」を読んだ感想の続きです。

前回は、1)寂しがりや、2)合理主義で失敗した、3)自信は経験により作られる、4)チャンスは誰にでもある、ということについて書いた。

↓ 前回の記事です。

self-esteem.hatenablog.jp

今回は、その続きを書いてみたい。

 お金は稼ぐもの

お金は稼ぐもの、だとしている。

働くことを「何かを我慢すること」だと思い、給料のことを「我慢した対価」だと思っていれば、仕事が嫌いになり、人生がねずみ色になるだろう、としている。また、仕事は人生の中で最も多くの時間を投下するものであり、そこを「我慢の時間」にしてしまうことは、間違っている、と主張している。

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さらに、多くのビジネスマンは、「労働」をお金に換えているのではなく、そこに費やす「時間」をお金に変えている、と指摘し、自分が「時間」以外の何を提供できるのか、真剣に考えるべきだ、としている。お金はもらうものではなく、自ら稼ぐものである、ということだ。※受動と能動の違い。

この主張は、的を射ていると思う。以前の記事で、こう書いたことがある。

(仕事は)外形的にとらえれば、やらされていることには違いありませんが、そう思ってしまっては元も子もありません。たとえば、自分を(会社の従業員ではなく)個人事業主の○○だと考えてみましょう。営業活動もしていないのに、○○に大会社から仕事がくる。しかも、1回限りではなく継続的に取引を続けることができる。
出典:成長できない人の特徴

会社で働く場合は、どうしても「働かされている」という意識になりがちだ。「働かされている」、「使用されている」、「搾取されている」と感じると、仕事の時間が「我慢の時間」になってしまう。自分で仕事を選べず、自身の意に添わない仕事を強いられることがあるからだ。

だが、「そんなときどう考えるのか?」が、分水嶺になる。

「こんな仕事は、オレがやるべき仕事ではない」と考えるのか、「なんとか、やりがいを見つけてみよう」、「意義を見い出そう」と思うのか…このときの考え方により、パフォーマンスや(もっと言えば)サラリーマン人生の良し悪しが決まるのだろうと思う。

 仕事を好きになる方法がある

一見嫌だな…と思う仕事でも、好きになる方法があるそうだ。

何かを好きになるためには、「没頭すること」が必要だ、としている。好きだから没頭するのではなく、没頭が「好き」の前にあるそうだ。読書の例をひけば、本に没頭するから、読書が趣味になったり、好きになる、ということだ。つまり、没頭なくして好きはない、ということだ。

だが、ゲームやギャンブルには人を没頭させるメカニズムがあるが、(残念なことに)仕事にはそれがない、としている。なので、「仕事の場合はどうすればいいのか?」が問題になる。

・自らルールを作る

ひとつの答えは、「自らルールを作る」ということだ。

自分でルールやプランを作ることにより、納得して物事に取り組むことができる、ということだ。この話は興味深い。没頭することが「好き」の前にある、ということを考えたことがなかったからだ。普通は「好きだから没頭する」と考えるが、好きかどうかはやってみないとわからない。やってみて、ハマるから「好き」ということになるのだ

ゲームやギャンブルのように、人をハマらせるメカニズムを持つものであれば、ハマることに苦労はしないが、仕事のように、その仕組みを持たないものについては、何らかの工夫が必要だ。

そのひとつが、「自律性」を持つということだ。自律性というのは、 自分自身で立てた規範に従って行動することだが、他人から与えられた仕事でも、それを持つことは可能だ。

たとえば、「食器を洗え」と命じられたとしよう。

「食器を洗う」というタスクの中でも、自律性を発揮できる部分はある。食器を洗う順番、洗い方、水や洗剤の使い方、水温調節などの変数があるので、変数をいじりながら最適化する、という作業を自分でできるのだ。さらに、(自分比で)時間を競ったりするゲーム性を入れることもできる。おもしろくなるもならないも、好きになるもならないも、自分次第なのだ。

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 遠くを見ないこと

遠くを見ないこと、が大事だとしている。

たとえば東大合格といった「将来の大目標」を意識し続けるのではなく、まずは「1日2ページ」というノルマを自分に課し、来る日も来る日も「今日の目標」を達成することだけを考える。
出典:ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく p.130

フルマラソンと違って、100メートル走の途中で挫折する人はいないのだから、今日という日を全力疾走すればいい、としている。※ギリギリ達成可能な目標を掲げ、ダッシュする。

遠くを見すぎない、ということは同意できる。

たとえば、500mの直線の歩道があるとしよう。たかだか500mでも、500m先を見ると、「あそこまで歩くのか…」とげんなりしてしまう。階段を上るときも同じだ。たかだか数十段の階段でも、ゴール地点を見ると同じ感覚に襲われるはずだ。

一方で、遠くを見ずに、まわりの景色や少し前だけを見て歩くと、その内ゴールについている。なので、遠くを見すぎてはいけないのだ。※遠くを見ると、やる気や意欲が減退してしまう。

 続けることが一番大事

ただ、後段の「毎日全力疾走でダッシュをする」については、やや考え方が違う。

体力のある20代では、それでいいのかもしれない。※多分、この本のメインのターゲットは、20代の人なのだろう。受験の例を出しているところを見ると、10代もターゲットかもしれない(とにかく若い世代だ)。

だが30を過ぎると、体力的な問題で、徐々に全力疾走できなくなるのだ。先ほどの500m歩く例で考えると、20代であれば精一杯の早歩きで歩き通せるだろう。だが、30代以降になると、その早歩きで通そうと思えば、どこかでスピードダウンしてしまう。

1)一定のスピードで歩く、2)スピードのアップダウンがある、の両者を比べると、1)の方がいい結果になるのだ。なので30を過ぎると、長期間維持できるペースを保ちながら、前に進む、という方法がいいと思う

毎日ブログを書くことを自分に課したが、そのうちその反動で(嫌になって)書かなくなってしまった…というよりは、2~3日に一度ブログを書くことを、長期間続ける方がいいのだ。※やみくもに全力疾走するのではなく、現在の自分の最適なペースを掴むことが大事だ。

 まとめ

仕事を我慢の時間にしてしまうことは、間違っている。このことは同意だ。

仕事を好きになる方法はあるので、それを試してみればいいだろう。ポイントのひとつは、自律性だ。自分の自律性を発揮する仕組みをつくれば、仕事がそれなりにおもしろくなるし、そうでなければ、「やらされている感」が強くなり、げんなりしてしまう。

遠くを見すぎずに続けることも大事だ。将来を見据えてそこから逆算して…という考え方は優れたものだと思うが、遠くを見すぎると、「あまりにも遠すぎるな…」ということで、モチベーションが落ちてしまう。なので、遠くを見すぎず、一定のスピードで続けることが大事になる。

↓ 続きはこちらです。

self-esteem.hatenablog.jp